第11話 写しの秘密

 空が白み始め、窓からは微かな光が入ってくる。

 机に置いたランタンの灯りを消し、俺はそれを鞄に括り付ける。

 そろそろ約束の時間だ、町の出入り口へ向かおう。

 ゴーレム対策の魔法石は十分、体のコンディションも申し分ない。

 家を出て冒険者ギルドの前を通り、町と外とを繋ぐ出入り口へと辿り着く。

 その頃には日の出と共に暖かな日の光が町を照らし、朝焼けと澄んだ空気が相まったとても爽やかな朝となっていた。

 

 「おまたせ」

 「張り切りすぎて早く来ちゃったよ!」


 大きな門の横には巨大な鞄を背負ったサクヤの姿。

 試練の洞窟の時よりさらに巨大化していそうな鞄に加え、腰の左右に3本ずつ剣が提げられていた。

 流石にショートソードでも重すぎたのか全て短剣程度の大きさだが、その鞘の大きさや形状から見るに普通の物では無いのだろう。


 「じゃあ行こうか、この時間に出れば夕方には戻れると思うよ」

 「あ、待って! これお母さんから」


 そう言ってサクヤが渡してきたのは大きな紙の包みで、その形と匂いからこれがサンドイッチだというのがわかる。

 サラさんのサンドイッチがあるのなら、もうこの依頼はクリアしたと言って良い。

 

 「ありがとう、これでゴーレムを殴り倒せるよ」

 「中身は見てからのお楽しみだって!」


 これは意外な楽しみが出来た。

 サンドイッチの嬉しさを胸に門番へ挨拶をし、通行用の小さな門を開けてもらう。

 大きな門は普段閉じられていて、一般市民が通るのは小さな門がほとんどだ。


 そうして町の外に出た僕たちはゼウスの街道を進み、また試練の洞窟の方へと向かって行く。

 今日は天気が良いものの少し肌寒く、革鎧の下に着たチェーンメイルからは微かな冷気が伝わってくる。

 サクヤも前回と同じ革帽子に鉄の胸、腕、脛当ての出で立ちで、歩く度にカチャカチャと金属が触れ合う音をたてていた。

 

 歩く事数時間。

 僕たちは試練の洞窟へと到着し、ノイシュさんに貰った地図を確認する。

 地図によれば目的の洞窟は試練の洞窟のすぐ近くで、このまま岩壁を右手に歩き続けるだけで着きそうだ。

 

 「けっこう近そうだね」

 「うん、想像してたより近いかも」


 歩き始めてから1時間くらいは経っただろうか。

 続いていた岩壁に、大きな穴が現れた。

 穴は試練の洞窟とは比べ物にならない大きさで、ゆうに2倍はあるだろう。

 奥の方からは冷たい空気が漂ってきており、試練の洞窟の事を思い出させる。

 

 「大きいね!」

 「うん、これがゴーレムのサイズなら大変だ」

 「たしかに、お母さんふたり分くらい?」


 たしかに上手い例えだが、サラさんと比べたら高さも2倍で幅も2倍。

 人数で言うなら4倍の4人になるはずだ。

 サクヤの目に映るサラさんはどれだけ大きく見えているのか。

 

 「じゃあ行こっか」

 「ちょっと待ってサクヤ、冒険者は装備の確認が基本だよ。 入る前に一通り確認しておこう」

 「うん、わかった!」

 

 サクヤは素直に了承してくれて、ふたりで洞窟脇の木の下に簡易キャンプを設営する。

 いつもと同じ、革を2枚張っただけのキャンプだが、サクヤの荷物が拡げられたおかげでほとんど満員状態だ。

 こちらの装備の確認は終わり。

 いつもの薬にポーチにロープにランタン、その他。

 試練の洞窟の時とほとんど同じ内容だが今回はゴーレム対策として、停滞の魔法石を用意した。

 

 「これって停滞のルーンだよね? カイン使えるの?」

 「数回ならなんとか。 あんまり長くは使えないし効果もいまいちだけど」

 「それでも十分すごいよ!」


 サクヤは停滞の魔法石を握ってまじまじと眺めている。

 魔法石と言ってもそこらへんの小石にルーンを刻んだだけの雑魚魔法石で、お店で売っているような水晶や魔鉱石を使った本物とは格が違う。

 僕自身の魔力もまだまだで、目を輝かせるサクヤの期待にそえるかどうかはわからない。


 一方、サクヤの方はもはや露店のようだった。

 短剣6本、ナイフ大小、松明、ランタン、ピッケル。

 ぱっと見てわかるのはそれくらいで、それ以外の細々とした石や草、瓶の群れについては何なのかもわからない。

 それに加え、大きな長方形の木箱が2つ。

 サクヤの持ち物の中でも特に高級そうなその箱は、四隅に施された銀細工や箱の中央両端に見える金具など、いかにも重要そうに見える。

 

 「サクヤ、その箱は?」

 「これ? 発明のための道具だよ、生まれたばかりの私と一緒に置かれてたんだって!」

 

 サクヤが箱を開くと、中には見た事の無い形の瓶や工具、金属製の小皿などが入っており、そのどれもがピカピカに磨き上げられている。

 何に使う物かわからない物の方が多いが、ピカピカに磨き上げられているのはサラさんのフライパンを倣ってなのだろう。

 あの親にしてこの子ありだ。


 「すごいね、全然わかんない」

 「でしょー? 私にもわかんないもん」

 

 サクヤはそう言うと箱を閉じ、広げた店を鞄の中に片付けていく。

 石や草や瓶については聞きそびれたが、まぁ発明の素材なんだろう。

 詳しく聞くのはやめにして、僕たちは早速洞窟へ入る事とした。


 「綺麗だね」

 「うん、試練の洞窟とは大違いだ」


 穴の中は下り坂になっていて、下りた先がこの風景。

 入り口よりはるかに広い空間が広がり、山の湧水が集まって出来たのか小さな滝が流れて池を作り、微かに射しこんだ光が洞窟内の鉱石に反射して色とりどりに輝いている。

 予想していなかった幻想的な風景に僕たちは目を奪われて、しばらく立ち尽くしてしまった。

 

 「カイン、魔鉱石はある?」

 「あるにはあるけど、反応がありすぎて細かくはわかんないよ」

 「じゃあ近くのやつから掘ってみようか」


 金属探知の魔法石は色々な反応の混じった聞いた事の無い音を立てていて、とてもどれがどれかは判別できない。

 サクヤの言う通り、近くの物を採掘してから他から離し、試してみるしかないだろう。

 サクヤは待ってましたと言わんばかりに大きなピッケルを取り出して、よろけそうになりながらも近くの鉱脈を叩きつける。

 カーンと高い金属音がしたものの採れたのはほんのひと欠片で、サクヤが痛そうに手をぶんぶんと振っている。


 「なにこれ硬い!」

 「なんだろうね、見た目はただの鉄に見えるのに」


 鉄のような色をして鉄のような形をした鉱石は、その見た目に反してとても硬い。

 サクヤの持つ鉄製のピッケルの方が負けてしまい、先端がぐにゃりと曲がってしまった。


 「この欠片でも大丈夫?」

 「うん、判定はできるよ」


 謎の鉱石の欠片を持って池から少し離れ、金属探知の魔法石を使う。

 キーンという甲高い音は確かに魔鉱石のそれだが、この鉱石はなんなんだろう。


 「へー、アレス鉱石だって。 鉄より硬くて武器によく使われてたからこの名前になったらしいよ」

 「そうなの? でもそんな情報どうやって……」


 サクヤの方へ振り返ると、導きの儀式で貰ったページの写しを持ち、そこに書かれた文章を読んでいる。

 あの写しにそんな使い方があったなんて。

 サクヤの視線が上がらないうちにスキルブックを呼び出し、挟んでおいた写しを確認する。

 しかし、僕の持つ写しには何も書かれていない。

 

 「貰ったこれ、すごく便利だよね。 草も石も手に持てば名前を教えてくれるし、説明文も図鑑みたいで」

 「ちょっと貸して」

 「え? いいよ」


 サクヤからアレス鉱石の欠片を受け取り、もう一度手元の写しを確認する。

 しかし、写しはまっさらのままだ。


 「僕の、何にも書かれてないんだけど」

 「あれ? ほんとだ。 カインのは別の図鑑なのかな?」

 

 サクヤが不思議そうな顔で僕の写しを見ている。

 儀式で貰ったこの写しは、もしかしたら人によって違う機能を持っているのかもしれない。

 この写しもアーティファクトで、儀式で聞いた神官の言葉通り、己の道を進む助けになるものなのでは。

 そうなると、この写しを安易に人に見せてはいけないのも頷ける。

 こんなにすごい物なら人から奪ってでも欲しくなるやつが出てくるに違いない。

 

 「どうしたの? 怖い顔して」

 「サクヤ、これは簡単に人に見せたらいけないよ? もしかしたら没収されちゃうかも」

 「そうだった! つい忘れてたよ、これから気を付けるね」


 サクヤはハッとした顔で写しを隠し、池の方へ戻って行く。

 サクヤはごまかしたり嘘をついたりが下手そうだ、この事実は僕だけの秘密にしておこう。

 後を追って滝へ戻ると、そこには別の鉱脈を叩きつけ、また痛そうな顔をしているサクヤが居た。

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