第10話 天使からのプレゼント

 商業区中層。

 普段なら縁遠くなかなか立ち寄らないその区域も、今は宝の山のように見える。

 貰った報酬は銅貨30枚。

 これだけあれば30日は暮らせる大金だ。


 「ねぇ、あそこのアクセサリー店なんて良くない?」

 「アクセサリーは流石に手が出ないんじゃないかな」


 先陣を切るサクヤもいつにも増して元気いっぱいで、足取り軽く中層を突き進んでいる。

 周囲の人々がこちらを微笑ましく見ているのは、その元気さからかこちらの事情を察してからか。

 冒険者学校の試験日は毎年この時期で、この町に暮らす人にとって、商業区中層に現れる新人冒険者、というのは一種の風物詩なのかもしれない。

 そんなサクヤを追いかけて、何店か綺麗な店舗を見て回る。


 大鐘楼の鐘が12回鳴った頃、僕たちは平民街の広場でベンチに座っていた。

 

 「カインのおかげですごく良いのが買えたよ! 本当にありがとう!」

 「サラさんにはお世話になったから、これで僕からのプレゼントにもなったしね」


 サクヤが選んだのは、中層の雑貨屋にあった包丁という名の調理道具。

 大陸の外の町から来た、長方形のナイフのような、切れ味鋭い異形の刃物だ。

 普段は手こずるカボチャを真っ二つにしたその切れ味に惚れこみ、サクヤは一瞬で購入を決めていた。

 ただ、伝来の品である分値段が高く、サクヤの手持ちでは足りなかったので僕の分を少し足し、サラさんへのプレゼントとしたのであった。


 「サラ、喜んでくれるかな?」

 「大喜びだよ、カボチャがチーズみたいだったもの」


 大事そうに、異国の布袋に包まれた包丁を持つサクヤを見ているとこちらまで表情がほころんでしまう。

 きょとんとしていたノイシュさんには悪いが、冒険者ギルドを飛び出したのは正解だったようだ。


 そのままベンチでお弁当の冷たいホットサンドを食べ、サラさんの店へと戻る。

 冷たくなったホットサンドは、熱を失ったにもかかわらず相変わらず絶品だった。


 人通りがまばらな裏道を通り抜けてサラさんの店へ戻り、プレゼントを渡す。

 感動のあまり泣き出すサラさん。

 つられて泣き出し、顔をぐちゃぐちゃにしながら抱き着いて、サラさんを初めてお母さんと呼ぶサクヤ。

 それを受け、ついには大声で泣き叫ぶサラさんと、帰って来てからものの数分で濃厚な感動のドラマが繰り広げられる。

 かくいう僕もつられて涙を浮かべてしまい、今はこうして、サクヤと並んでサラさんに抱きしめられていた。


 その後は包丁のショータイム。

 サラさんという料理の神に握られた異国の刃物は、正に神器と言わんばかりの性能を見せる。

 カボチャ、皮つきの猪肉、ついには太い牛の骨までをなます切りにしたり、嬉しそうなふたりの顔と言ったら、今この世界全てで、このふたりが一番幸せなんじゃないかと思えたくらいだ。

 

 寿命が5倍は伸びたと冗談を言うサラさんを残し、僕たちはまた冒険者ギルドへと戻る。

 包丁のおかげでサクヤはまた一文無しに逆戻り、僕の財布もだいぶやせ細ってしまっていた。

 

 「おかえり、サラさんとやらは大喜びだったかい?」

 「はい! ノイシュさんもありがとうございました!」

 「いやいや俺は何もしてないって」


 何度も頭を下げてお礼を言うサクヤの勢いに押され、たじたじになりながらノイシュさんは笑う。

 ギルドに居た他の冒険者もその様子を見て笑っており、そのおかげで、新人冒険者のサクヤとカインの名はその場に居た全員に知れ渡る事となった。


 騒ぎがひと段落し、僕たちはノイシュさんと依頼についての話をする。

 ノイシュさんが言うには、魔物の討伐が一番儲けになるが危険度が高く、次いで危険な野生動物の討伐、その下に採取、調達系の依頼といった順で報酬額と危険度が変わり、僕たち初心者は採取から始めるのが良いらしい。


 「ナイショだけどな、今は穴場の魔法銀の採掘がオススメだぜ……」


 耳打ちをするように小声で話し、わざと悪い顔をしてノイシュさんが1枚の羊皮紙を取り出す。 

 そこには期間、場所、品質問わず、魔法銀求む。

 と、書かれていた。


 「カインは魔鉱石の探知が出来るから、この程度ならさくっと集められるはずだ。 場所も試練の洞窟のすぐ近く、同じ岩壁の並びに洞窟の入り口があるから、そこから入って採って来たら良い。 報酬も破格だ」


 試練の洞窟近くなら日帰りで行って帰って来れる。

 町の近くなら危険度の高い魔物や野生動物は居ないだろうし、確かに難易度は低そうだ。

 サクヤは魔法が使えないが、僕と一緒なら問題ないだろう。

 報酬が良いというのもお金の無い僕たちには魅力的だった。

 

 「洞窟の場所は羊皮紙に出してあげよう。 今回は俺様からの卒業祝いだと思ってくれよ!」


 胸を張り、いかにも偉そうな態度でノイシュさんがふんぞり返る。


 「ありがとうございますノイシュ様!」


 ははーっとテーブルに手をついて、ぶつけんばかりの勢いで頭を下げてへりくだるサクヤ。

 サクヤは本当に空気を読むのが上手だ。


 「あれだけお礼の前払いをされたらねぇ、何もしない訳にはいかなくなるって」

 「僕も気付いたら家族の一員みたいになってて、これがサクヤの魔法かもしれませんよ?」

 「おお、怖い怖い」

 「そんなのじゃないって!」


 ノイシュさんと一緒に身震いして見せると、サクヤは首をぶんぶんと振ってその疑惑を否定する。

 そうして賑やかに依頼の受注を済ませ、ノイシュさんから振舞われた水を飲む。

 この大きなコップに入った水はお酒の代わりで、依頼を請け負った冒険者に対してのゲン担ぎのようなものらしい。

 何でも昔、お酒を神の血の代わりとして飲んだ名残なのだとか。

 子供がお酒を飲んではいけない訳じゃないが、今回は僕もサクヤもお酒が苦手であったため水での乾杯となった。


 「よし、じゃあ儀式も終わったしふたりの無事を祈ってるよ。 冒険者ギルドの登録書、持ってるだろ? あれに周辺の地図が浮かぶようにしてあるから、近くに着いたらそれを見な」


 ノイシュさんの言う通り、契約書の裏面にはデウス近郊と思しき地図が表示されている。

 帝都、試練の洞窟、湖。

 試練の洞窟の近くにある青い印が目的の洞窟だろう。

 やはり契約書は特別な魔法の品だった。


 僕たちは改めてお礼を言って冒険者ギルドを後にした。

 しかし、今日はもう遅い。

 出発は明朝とし、それまでに準備を整える必要があるだろう。

 試験用に準備した装備で事足りると思っていたのだが、ノイシュさんのアドバイスによると、魔鉱石の採れる洞窟ではゴーレムが生まれる事が多いという。

 核を硬い鉱石で覆ったゴーレムを倒すのは中々難しく、それ専用の装備が用いられる事も多い。

 そこで、この場で一時解散とし、また明日の明け方に町の出入り口で集まる事とした。


 「じゃあまた明日、とっておきの発明品を作っておくよ!」

 「うん、また明日。 遅刻厳禁だからね」

 

 わかってるって、とサクヤは手を振って元気に家へと戻って行く。

 僕はおよそ1日ぶりにひとりとなり、自分の家へ帰って来た。


 家の中は日当たりが良いもののとても静かで、外から聞こえる商業区の賑やかな声が少し恋しく思えてしまう。

  

 「カイン、ここ数日の貴方の行いはとても素晴らしい物でした。 約束通り、私の力の一部を貸しましょう」


 と、家に入った直後、突然目の前に現れたのは天使だった。

 今回はその姿を見ただけなのに、頭の奥がずきずきと痛む。

 天使から視線を移すと痛みが和らぎ、まるで、天使が見てはいけないもののようだ。

 それにしても、こうして天使の姿を見るのはいつぶりだろう。

 

 「身体能力や魔法能力は言うまでも無く、今回は特別にアーティファクトのひとつを与えましょう」

 

 そう言って、天使が取り出したのは一振りの短剣。

 一般的なナイフよりは少し大きく、一般的な短剣よりは小さいその短剣は、柄から刃先に至るまで全てがまばゆい白の金属で出来ていて、刀身と柄の部分には金の、植物のような文様が彫り込まれていた。


 「『審判の刃』です。 悪には必殺の武器となり、善には癒す力となりましょう。 ただし、貴方自身が悪に染まった時にはその刃が貴方の心臓を貫きます。 この刃を見て正義とは何かを考えなさい」

 

 天使からそれを受け取ると、天使はあっという間に姿を消してしまった。

 終始目を閉じて祈るような仕草をしていた天使は、初めて会った時と同じように俺になど微塵も興味が無い様だった。

 受け取った審判の刃は、この世のものとは思えないほど美しく、見ているだけで厳かな気持ちになってくる。

 しかしそれと同時に、悪に染まればこれが自分の心臓を貫くと思うと、怖くて捨てたくなるような気持ちも湧き上がってくる。

 そう自覚した途端とても見ていられなくなり、俺は急いでそれを隠すように戻れ、と念じていた。

 宙に穴が開き、審判の刃がどこかへと姿を消す。

 その様子にひと安心して、俺は静かな部屋の中でひとり、明日の準備を始めた。

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