第9話 冒険者ギルドへ

 朝を告げる大鐘楼の鐘の音。

 いつも通りその音で目覚め、気持ちの良い朝の光を浴びようと思ったのだが、体を起こしてから思い出した。

 ここは教会区の影の中。

 朝といっても日の光は入って来ない。

 同じベッドで寝るサクヤはまだすうすうと小さな寝息を立てており、隣のベッドではサラさんが薄い毛布を蹴飛ばして片足をベッドの上から放り出して寝ている。

 サクヤはともかく、サラさんは夜じゅう働いていると言っていたから、この時間には寝ていて当然なんだろう。

 サクヤを起こさないように静かにベッドを降りて、屋根裏部屋のような寝室から1階を目指す。

 今はまず、トイレに行きたい。


 1階は綺麗に片付いており、小さな窓から微かな光が入って来ている。 

 その光で漂うホコリがキラキラと輝いて、こんな場所だけどとても綺麗に見える。

 寝起きでおぼつかない足元に注意しながらトイレを済ませ、水瓶の水で手を洗ってこれからどうしたものか考える。

 下手に2階へ戻って起こすのも悪いが、勝手に出て行っては起きたふたりが心配するかもしれない。

 そうして少し考えて、とりあえず1階のテーブルで時間を潰す事にした。


 「随分と仲良しになったね」


 気が付くと、向かいの席には悪魔の姿が。

 なんだか久しぶりな気もする。

 

 「命の恩人様だからね。 気を使ってくれてた?」

 「当然。 私は空気の読める悪魔だから」


 ふふっと笑って、悪魔はテーブルに頬杖を突いた姿勢をとる。

 その姿を見て、そういえば悪魔も黒髪だな、などとなんとなく思った。


 「私の黒髪はただのイメージだよ。 なんなら君の好みに合わせて変えられるけど?」


 そう言って、悪魔は自分の髪を金、銀、赤、青と色々変えて見せてくる。

 俺的には問題ないが、アニメ的なカラフルな髪だとこの世界では浮いてしまうんじゃないだろうか。

 そう考えた瞬間、頭に鋭い痛みが走り、何か違和感のようなものを感じた。

 自分の言っている事がひどくおかしく、普通では無いというような違和感。

 ここしばらくは頭痛とは縁遠い生活をしていたのだが、なぜこのタイミングでまた頭痛が起きたのか。


 「今の君は誰?」


 悪魔の言葉で、頭痛はまた一層強くなる。

 俺は……カインだ。


 「そう、カインだけど、忘れないで、君は君だよ」


 悪魔はそう、俺に言い聞かせるようにゆっくりと話す。

 俺は、俺。

 そんなの当り前じゃないか。


 と、2階からギシッ、と木の軋む音がした。

 サクヤが起きたかサラさんが起きたか、どちらにせよ悪魔との会話はここまでだ。

 空気の読める悪魔もいつの間にか姿を消している。

 音の正体を確認するため、俺は急な階段を上って2階へ向かった。

 

 「おはよう」

 「ん……おはようカイン」


 そこには眠そうな目を擦るサクヤが立っていた。

 サラさんはベッドから両足を放り出して大の字になっていて、こうして見ているとベッドがとても頼りないものに思えてしまう。

 あるいは、ベッドが可哀そうだ。


 「朝食は私の当番だからカインの分も作ってあげるね」

 「本当に? ありがとう、僕も手伝うよ」

 「命の恩人様なんだから、椅子に座って偉そうにしててよ。 この家に居る限りはカインが王様なんだから」

 

 まさか、女の子を助けただけで一国一城の王になってしまうなんて。

 ここは家臣の進言に耳を貸し、その手腕のほどを見定めようではないか。


 「うむ、苦しゅうない、余の朝げの支度を許可しよう」

 「はは、王様。 つきましては、朝食は黄金のチーズトーストと魔獣のミルクでよろしいでしょうか?」

 「魔獣のミルクは美味しくないんじゃない?」

 「だって牛のすごいやつなんて思いつかなかったんだもん」


 そんな寸劇を楽しみつつ、僕たちは1階へと向かう。

 ふらつくサクヤに十分に注意しつつ、言われた通り席に着いて大げさにふんぞり返って見せる。

 サクヤはそれを見てあはは、と笑った後、自分の顔より大きなあのフライパンをもって調理場へと向かった。


 しばらくして、黄金のチーズトーストの名に恥じない、全体を焼いたチーズで覆われた大きなトーストが運ばれてきた。

 なるほど、パンはホットサンドと同じパンなのだから、朝食もこのボリュームになる訳か。


 「はい、どうぞ、『サクヤ特製黄金のチーズトースト、命の恩人様へ』だよ」

 「うわぁ~」

 「ちょっと、それ私のマネでしょ」

 

 確かに少しふざけたが、声をあげたのは純粋に感動の意味もある。

 このチーズが美味しいのは昨日、身をもって痛感しており、それがパンを包み込んでいるのだから不味いはずが無い。

 

 「では、いただきます」

 「いただきます」


 またもテーブルを埋め尽くす巨大な皿を前にふたりでいただきますを言い、今回はナイフとフォークでチーズトーストの攻略を開始する。

 このトロトロ、時々カリカリのチーズを纏う巨大なトーストに素手で挑むのは無謀というものだ。

 味は昨日と同じく感動的で、また無我夢中で平らげてしまった。

 食後のミルクも相まって、朝からこの満足度。  

 これではいつか、神の嫉妬で地獄に落とされてしまう。


 「ごちそうさま、サクヤは料理の天使?」

 「実は発明と料理の天使なんだ、黙っててごめんね」


 そうしてふざけ合っている内にサラさんが下りてきてみんなでおはようを言った後、サクヤはまたチーズトーストを作りに調理場へと戻って行った。

 

 サラさんが朝食を食べ終わり、サクヤが皿洗いをするのを見届けた頃にまた大鐘楼の鐘が鳴る。

 鐘の音が8回。

 そろそろ着替えて出発の準備を、と、ここで大変な事を思い出した。

 冒険者ギルドで戦利品の売却と冒険者登録を済ませていない。

 ホットサンドの感動ですっかり忘れていた。

 

 「サクヤ、冒険者ギルドに行かないと!」

 「あ! ほんとだ忘れてた!」

 

 それからは急いで着替えを済ませ、ちょっと外出する時用の簡易装備を持ち、サクヤの知る裏道を通って冒険者ギルドへ急いで向かった。

 慌ただしい子供たちだね、と言って笑うサラさんからお弁当として小さな残り物のホットサンドを受け取ったが、冒険者ギルドに向かうだけならそれほど時間はかからないはずだ。

 

 商業区と平民街の狭間、僕の家の近くに冒険者ギルドはある。

 町の出入り口に近い事、町の運営に関してはそれほど重要じゃない事からこの立地になったそうだ。

 冒険者ギルドは小さな家をふたつ無理やりくっつけたような外観で、向かって左の建物が赤いとんがり屋根、右の建物が青いとんがり屋根。

 その間、建物の中央部分に煙突が2本と、とても特徴的だ。

 

 今回、用があるのは向かって左の赤いとんがり屋根の方。

 そちら側の、獣の頭を模した金の飾りのある、大きく重い木の扉を開いてサクヤと並んでギルドへ入る。

 中は思ったより広々としており、4つのテーブルとふたつのカウンター、羊皮紙の張られた大きなボードと、酒場にあるような、蛇口の付いた巨大な酒樽がまず目に入ってきた。

 

 この時間だからか中に人はほとんどおらず、4つのテーブルには誰も座っていない。

 カウンターに居る赤い服を着た、恐らくギルドの職員と、羊皮紙の張られたボード前に男たちが数人ほど。

 カウンターの人も暇そうにあくびをしていて、今は特に暇なんだという事がわかる。

 

 「ようこそ冒険者ギルドへ、君たち冒険者学校の卒業者だろう?」


 ボードの横にあるカウンターに居た、若く細い男がこちらを見つけ、にこやかに声を掛けてくる。

 

 「はい、ごめんなさい報告が遅れてしまって」

 「ああ、いいよいいよ。 冒険者は自由がモットー、時間の決まりなんて無いようなものさ」


 カウンターの男はその長い金髪を手で靡かせながら、笑顔でそう言う。

 赤い服に付けられた金色の獣の頭のブローチから、この人がやはりギルドの職員である事がわかった。


 「ありがとうございます」

 「ありがとうございます!」


 サクヤと共にお礼を言って、卒業の証となる停滞のルーンの写しと、洞窟内で手に入れた戦利品をカウンターに並べた。

 

 「はい、ルーンの確認はオッケー、そっちの僕は魔法鉄まで採れててえらいじゃないか。そっちの彼女は……目の付け所が独特だ」


 僕の採ってきた物が魔石や魔鉱石がほとんどであるのに対し、サクヤが採ってきていたのは謎の色とりどりの石や毒々しい色のした草、瓶に詰められた謎の液体など一見では価値のわからない物ばかり。

 これも発明家ゆえの戦利品だろうか。


 「何はともあれ、ふたりとも無事卒業だね。 今日から冒険者ギルドの一員、冒険家の仲間入りという訳だ」


 その人はぱちぱちと拍手をしてくれて、カウンターに羊皮紙を2枚取り出した。

 そこには冒険者登録書と書かれており、一目見ただけでわかる濃厚な魔力の気配がする。


 「ここにサインすると登録完了。 登録後はカウンターや依頼板からやりたい仕事を探してこなしたり、世界を回って手に入れた珍しい素材を持ち帰ってくれ」

 「あの、それだけですか?」


 サクヤが不安そうな顔でそう聞いた。

 たしかに、登録後にいきなり自由だと言われても戸惑う所はある。

 具体的には今後どうしたら良いのだろう。


 「うん、それだけだ。 あ、この登録書は魔法の契約書だから、この世界中どこの冒険者ギルドでも同じ物が見られるぞ」


 すごいだろ? と得意げなこの人は置いといて、こうなるともう何をしても自由という訳だ。

 今まで学校で言われた事のみをやってきていただけに、少し不安な気持ちがある。

 

 「はい、じゃあささっと書いて提出してくれよ」

 「わかりました」

 

 サクヤと同時に名前を書き、羊皮紙を渡す。

 すると、羊皮紙は金色に輝く自身の分身を生み出した。

 輝く分身はそのまますっと消えていき、男は何事も無かったかのように羊皮紙本体をこちらに渡してくる。


 「はい登録終わり、こっちの本体は各自持っておくように。 こいつが身分証明書みたいなもんだ」

 「はい、ありがとうございます!」

 「ありがとうございます」


 サクヤは魔法が珍しかったのか目を輝かせて嬉しそうに羊皮紙を受け取った。

 僕も羊皮紙を受け取ったが魔力の気配はまだ残っていて、この羊皮紙がただの羊皮紙でない事がわかる。

 分身を作るだけではない何かがまだあるのだろう。


 「最後に、俺の名前はノイシュ。 これから末永くよろしく頼むよ」

 「私はサクヤで、こっちはカイン! こちらこそよろしくお願いします!」

 「よろしくお願いします」


 冒険者ギルド中に響き渡りそうな元気な声でサクヤはそう返事をする。

 それを嬉しそうな顔で受け止めたノイシュさんは、カウンターに小さな革袋をふたつ置いた。


 「そしてこちらがお待ちかね、君たちの初報酬だ。」

 

 一目でわかる、小太りの袋とやせ細った袋。

 どちらがどちらの物かは言うまでもない。

 銅貨の入ったそれらを受け取り、ノイシュさんにお礼を言って冒険者ギルドを後にする。

 ギルド探索はまた後で。

 と言うのも、このお金でサラさんへのプレゼントを買うと、サクヤがギルドを飛び出して行ってしまったのだ。

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