第6話 試練の洞窟

 導きの日にアテナの祝福を受けて早1年。

 冒険者学校での勉強の日々も、いよいよ最終試験を残すのみとなった。

 魔物から身を守るための剣技、冒険をする上で覚えておくと便利な魔法、この世界で生きていく為のサバイバル術など、とても1年とは思えない量の知識と経験を身につけて、最後はそれを発揮できるかの実地試験。

 試練の洞窟と名付けられたダンジョン攻略だ。


 この世界におけるダンジョンとは、何者かによって発見され、魔物の生息が認められた空間、場所を指す。

 この世界には魔力が満ちているのだが、その魔力が何かしらの原因によって淀み、停滞した場所に魔物が発生するらしい。

 有名な魔法使いが言うには、魔力は吸収、発散を繰り返し、循環してこそ魔力と呼べ、淀んだものは『魔』でしかないという。

 そこから生まれる『もの』であるからこそ『魔物』と呼ぶそうだ。

 そんな魔物の住む試練の洞窟は人工的に作られたダンジョンで、最深部に刻まれた停滞のルーンでわざと魔力を停滞させ、魔物を生み出しているのだとか。

 

 「それにしても、やり直しがあるのに良く1年もまともに通ったね」


 朝焼け空の下、隣を歩く悪魔が話しかけてきた。

 帝都ゼウスから続く石畳の道も所々が剝がれており、町から離れて来たのだと実感させられる。

 

 「やり直しは最終手段にしたくって。 この体も成長途中だし、せっかく鍛えたのが無駄になっちゃうから」

 「それもそうか。 ならせめて魔法学校の禁書の棚に忍び込んで、何冊か盗んで来たら良かったのに」


 悪戯っぽく笑いながら悪魔はそうそそのかす。

 この世界に来て1年。

 生活の大半を共にしてきただけに、これが本気でない事くらいわかってしまう。

 この悪魔は悪魔でありながら、人をむりやり悪の道に引き込んだりしない、良い悪魔なのだ。

 

 朝焼けが終わり、太陽の熱で汗がにじむようになった頃、道の脇にある小さな木製の看板が目に入った。

 『この先、試練の洞窟』

 看板に示された方向には、山の一部をくり抜いたような洞窟の入り口が顔を見せており、そこからひんやりとした冷たい空気が流れてきている。

 洞窟まではまだだいぶ距離があるのだが、ここからでも冷気が伝わってくるとなると中は相当寒そうだ。

 入り口脇にある松明掛けにはまだ新しい松明が掛けられており、この洞窟に最近人が入った事を証明している。

 恐らく、俺と同じ冒険者学校の卒業試験組だろう。

 

 「朝早く出たおかげで野営はしなくて済みそうだけど、念のためテントを張ろうか」


 悪魔は身の回りの世話はしてくれるものの、野営準備などは手伝ってくれない。

 俺に言わないだけで、彼女なりの線引きがあるのだろう。

 近くの木と木の間にロープのついた革を張り、簡単な屋根を作る。

 雨の降りそうな気配は無いが、強くなってきた日差しを避けるのにも使える。

 万が一怪我人を救助した場合にも、屋根があった方が何かと良いだろう。

 もう1枚の革を地面に敷き、これで仮拠点は完成だ。

 持ってきた鞄を一度地面に下ろし、中身の最終確認をする。

 

 回復薬3本

 簡易松明2本

 ロープ3本

 火打石

 砥石

 魔物避けのお香3つ

 乾燥獣肉3つ

 水筒2つ


 今回は日帰りというのもあって軽装備だが、それでも肌身離さず持っている装備と合わせたらなかなかの重さになる。

 今の体格に合わせて装備を選んだつもりだが、もう少しお金が手に入ったら装備の更新も考えた方が良いかも知れない。

 鞄の中身の確認と合わせて、装備の確認もしていく。


 腰に下げたショートソード

 解体兼緊急用のナイフ大小

 採掘用小型ピッケル

 小型ランタン

 薬草数種類、解毒薬各種、ルーンを刻んだ魔法石の入ったポーチ


 各部を守る革鎧と、その下に着込んだチェーンメイルも大丈夫そうだ。

 入念に装備の状態と位置を確認し、ダンジョンに入れる状態である事を確認する。

 優秀な冒険者は全ての確認を怠らない。

 冒険中の不備は死に直結するからだ。

 装備の確認に合わせてこれから死地に赴く覚悟を決め、発光の魔法石に魔力を込めて腰のベルトにぶら下げる。

 魔法石の放つ淡い緑の光に照らされて、洞窟のしっとりと水を含んだ土壁が露になっていた。

 

 洞窟の中は冷気が立ち込め、チェーンメイルの触れている関節部分が少し冷える。

 今回は革鎧とチェーンメイルだったから良かったが、これが金属鎧メインだったら防寒対策も必要だっただろう。

 あたりを土に囲まれた洞窟内の道は緩やかな下り坂になっていて、今となっては入り口の光も届きにくくなっている。

 そんな道をしばらく進んでいたが、終わりは突然現れた。

 道の先は長い廊下のようになっており、床や壁、天井に至るまでが白い石造りになっている。

 それは土の洞窟の中に作られた人工物のようで、石の隙間から漏れ出した水が薄っすらと床を覆っている。

 昔ながらの、ローグライクダンジョンと言えば、といった景色だ。

 この1年間ほとんど思い出す事の無かった前世の記憶が蘇り、今こうして目にしている本物のダンジョンに少し感動すら覚える。

 そんな感動を胸に石造りの長い廊下を進んでいると、遠くの方からグチョグチョという不快な水音が響いて来た。

 ダンジョンに響く粘り気のある水音。

 スライムだ。


 スライムは何かを核にして魔力が集まった魔物であり、何を核にしているかでその性質が大きく変わる。

 水音が聞こえて来たという事は、敵は液体だろう。

 ショートソードを鞘から抜き、鍔の部分に炎の魔法石をはめ込む。

 こうする事でショートソードの刀身を炎が包み、物理攻撃の効かないスライムでも焼き斬る事が出来る。

 炎のついた剣を松明がわりに掲げ、水音がする方向を確認しながら進んで行く。

 すると、50cmはあろうかという半透明の球体が、天井に張り付いているのが見えた。

 純粋な水で出来ているのか濁りは無く、透けて石の天井が見えている。

 そのスライムは何をするでもなくただプルプルと天井に張り付いており、顔が無いだけに意思が感じられない。

 いつ飛びつかれても良いように顔の前で剣を構え、じりじりと距離を詰める。

 もう少しで剣の射程に入ろうかというその瞬間、スライムが顔に向かって飛び掛かってきた。

 俺は予測していた通りの動きに安心しながらもそれを横に躱し、床に落ちたスライムに剣を振り下ろす。

 斬りつけられたスライムはジュッと音を立てて瞬く間に蒸発し、スライムが居た地点には黒い結晶体が残されている。

 大きさ3cm程。

 スライムはこの石英を核にしていたようで、石英は淀んだ魔力の影響かすっかり黒く染まり魔石と化している。

 この大きさなら何とか値段もつくだろう。

 初めての戦利品を腰のポーチに入れ、俺は更に洞窟の深部を目指した。


 石造りの洞窟はほぼ一直線の構造をしており、数回あった分かれ道も片方は行き止まりで、ご丁寧に回復薬が入った宝箱まで置かれていた。

 ダンジョンとはいえ、所詮は卒業試験用の人工物。

 一種のアトラクションのようなものなのだろう。

 道中何度か遭遇したスライムも全て無毒な水のスライムで、顔に飛び掛かってくる以外の攻撃方法を知らない単純なやつだった。

 これがもし毒性の高い金属を含んだスライムであったなら、このダンジョンももう少し緊張感のあるものになっただろう。

 最深部を目指しつつ、周囲にある金属の種類で発する音の変わる金属探知の魔法石を使い、石の間から時折覗いている鉱床を調査する。

 結果、ほとんどがただの鉄。

 魔法との親和性が高く、キーンと高い音のする魔法鉄もいくつかはあったが、どれも不自然なくらい地表に出て来ている。

 これも試験の為に意図的に置かれた物だろう。


 もう10体にはなろうかというスライムを斬り伏せた頃、石造りの道にもいよいよ終わりが訪れた。

 大の大人が3人は並んで入れそうな、大きな木の扉。

 その重厚さからいって、ここが試練の洞窟最深部だろう。

 扉の脇には松明掛けが2つ。

 その両方に火のついた新しい松明が掛けられている。

 この様子だと、前の挑戦者からほとんど時間が経っていないらしい。

 ほとんど遠足のようなダンジョンだったがボスはボス。

 扉の前で持ち物と装備の最終確認、および整備をし、ボスが待つであろう扉をゆっくりと開く。

 と、扉に触れた瞬間、扉の向こう側からダンジョンの静寂を切り裂く鋭い悲鳴が響いて来た。

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