第5話 導きの儀式
「ではこれより導きの儀式を行います。 儀式の際中、および儀式を終えてこの広場を出るまでは名乗ること、神の名を出すことを禁じます」
神官が厳かな声で儀式の開始を告げる。
導きの儀式で名乗ることと神の名を出すことが禁止されている理由は、違う神の名前を出すのがこれから祝福を受ける神に対して失礼にあたる、といった理由であり、名乗るのが禁止されているのも神にちなんだ名前が多いからという理由だ。
これは物心ついたころから度々教えられる事であり、知らない住人は居ないだろう。
「ではひとり目、前へ」
「はい」
ひとり目が神官の前に進み、手を組み、目を閉じて祈りのポーズをとる。
神官は本を開いて支えたまま、片手をひとり目の頭に乗せる。
すると本のページがひとりでにペラペラとめくれ、中頃で止まった。
「貴方の神は祝福を授けられました。 感謝し己の道を進みなさい」
「ありがとうございます」
ひとり目は神官の言葉で目を開き、本のページの写しを貰って広場を後にする。
時間にして数分。
短いものだが、当人の頭の中では神の名前と姿が浮かび、ページの写しには自身の持つ素質や才能が記されているという。
孤児院の先生が言うには神官の持つ本はアーティファクトであり、帝都の教会が所持するものの中でも特に重要な物らしい。
「次の者前へ」
「はい」
こうして儀式は粛々と進み、アイアスも笑顔で広場を後にした。
いよいよ次は俺の番。
果たして俺に祝福を授けてくれる神は誰なのだろう。
「次の者前へ」
「はい」
神官の前に立つ。
老年の神官は聖職者らしい厳格なオーラを身にまとい、その温かながらも凛とした目はこちらの内面を見透かしているかのようだ。
祈り、目を閉じ、神官の手が頭に触れる。
すると、頭の中に美しい女性の姿とアテナという名前が浮かんできた。
どうやら話は本当だったようで、この神様が俺に祝福を授けてくれたらしい。
「貴方の神は祝福を授けられました。 感謝し己の道を進みなさい」
「はい」
神官からページの写しを貰い、後ろを振り返って広場を出る。
ページの写しは少し熱を持っており、今まで触ったどの紙よりも滑らかで、まるで鏡のようだ。
このページの写しも紛れもなくアーティファクトであり、神官の持つ本体から分かれた魔力そのものだという。
内容が気になる所だが、今はとりあえず、広場を出よう。
広場を出て教会区を少し戻った地点、時刻を告げる大鐘楼のある教会の隣。
ここは小さな公園になっており、少し腰を下ろすのにぴったりのベンチもある。
悪魔には悪いが、早速貰った写しの中身を確認しよう。
写しを裏返すと、そこにはカイン、と、俺の名前が書かれていた。
そして、知識の女神からの祝福あり、汝は知に優れるであろう、との一文。
儀式の話はしょっちゅう聞かされていたが、これは少しイメージと違った。
俺のイメージではもっとびっしり力がA、知能がBなど、事細かに書かれていると思ったのだが。
写しは大切に保管し、生涯にわたって内容を秘密にしなければならない。
詳しい理由は知らないが、そういう決まりなのだ。
それにしても、知に優れると言われてもどうも実感が湧かない。
ベンチに深く座って少し考えていると、王区の方からこちらへ歩いて来るアイアスの姿が見えた。
「やぁカイン、祝福はどうだった?」
別れてここに来たのか、アイアスの近くに両親の姿は無い。
ただその表情から、両親にとっても本人にとっても納得のいく結果だったんだろうという事がわかる。
「知識の女神様だったよ。 君は?」
「僕は戦いの神、アレス様だった」
アイアスはそう嬉しそうに話し、わざといばるように両手を腰に当ててポーズをとっている。
町を守りたいと言っていたし、戦いに関連する祝福が受けられて本当に嬉しかったんだろう。
「これからは戦闘技術学校に通うんだ。 アレス様の祝福があれば試験を受けなくても入れるから」
「君なら祝福が無くても合格できたんじゃない?」
「たぶんね」
アイアスは得意げな顔で盾を構え、槍を突く素振りをする。
槍術の心得の無い俺でもわかる、良く訓練された無駄の無い動きだ。
「君はどうするんだい? 知識を得るなら普通の学校もあるし、魔法学校や神学校もあるよ?」
「僕は旅に出るのが目的だから、まずは身を守れるように冒険者学校かな」
アイアスの言う事は良くわかる。
俺も孤児院時代に今後どうするかを悩んでいたようで、孤児院の先生や神官、魔法道具店の店主を捕まえて何度も話を聞いていた。
その時の俺は早く自身の力で収入が得たかったのと、まだ見ぬ世界への憧れもあって、冒険者学校という進路を選んだらしい。
冒険者学校という選択は意識の覚醒した今も同じで、自分の行く末を決めるためにも、神の影響の強いこの世界を良く見て回りたいというのが本心だ。
「冒険者学校か、知識を活かすにはぴったりだ」
「そう思う?」
「うん、戦いにサバイバルに魔法に宝探し。 冒険者に求められる知識は多いから」
空想生物の生きるこの世界の冒険者は命がけで、それらから身を守るすべはもちろん、自然の中で生きていく知識も求められる。
知に関する祝福を受けられたことは、幸先の良いスタートと言えるだろう。
アイアスもその事がわかっているようだ。
「お互い短い期間だけど頑張ろう」
「うん、町の防衛隊に入れなかったら、その時はよろしく頼むよ」
「共同で町の防衛にあたるパターンもあるかもよ?」
はははっ、と笑い合った所でアイアスの両親が呼びに来て、アイアスはさよならと手を振って家へと帰って行ってしまった。
あの方向は貴族街だ。
アイアスが姓を名乗らなかったのは、親の付き添いの無い俺を平民だと思っての気遣いだろう。
帝都では、平民以下の住民は姓を持たない。
故に姓を聞く事や名乗る事は平民以下を傷つける可能性があるのだ。
アイアスと別れ、とりあえず用事の済んだ俺は家へと帰る事にした。
導きの儀式は思っていたよりも大したことは無く、第二の人生初日にしてはなんてことの無いスタートだ。
更に薄まりつつある前世の記憶に少し寂しさを感じながら、俺は帰路についた。
「おかえり」
アーロンさんの露店前を通ったもののアーロンさんは不在で、そのまま何事も無く帰宅した俺を悪魔が出迎えた。
悪魔の姿を見ると、俺がこの世界の住人ではない異世界人だという事を実感する。
もし悪魔が居なくなってしまったら、俺は自分が異世界人だという事を完全に忘れてこの世界の住人のひとりになってしまうのではないだろうか。
「それも悪い事じゃないよ。 君の意思はカインの意思に溶け込んでるから、君が異世界人だという事を忘れても君は君だよ」
「それって励ましてる? そそのかしてる?」
「善意100%のアドバイスだよ。 それよりほら、スキルブック出してみて」
そうだ、言われて思い出したのだがスキルブックには俺の得た加護や祝福が記載される。
なら導きの儀式で得た知識の神の祝福が記載されているのではないか。
言われた通りスキルブックを呼び出し、ページを確認する。
するとそこには予想通り、アテナの祝福の項目が増えていた。
「アテナの祝福か。 勉強したいと言ってこの都市に来て正義感の強い君にはぴったりだと思うよ」
「詳細はわかる?」
「君にわかりやすく伝えると、力と知能のステータスにボーナス、正義のためや何かを守るための戦いなら更にステータスアップって感じかな?」
とてもわかりやすいが急にゲームのようになってしまった。
それならそれでステータスが見れでもしたら便利なのだが。
「それは無理だよ。 感覚的なざっくりした比較はできるけど、君が10でスライムが1みたいな数字でのちゃんとした比較は難しすぎる」
流石にそこまで便利にはできないか。
まぁスキルブックがあるだけ良しとしよう。
椅子に座り、貰った写しをもっと念入りに観察してみる。
名前と、知識に優れる、と1行だけ書かれた紙を一生大事に持っておけなんて、いくらなんでも何かあるはずだ。
下から覗いてみたり光に透かしてみたり、色々してみるが一向に変化がない。
「ねぇ、この紙について何か知らない?」
「うーん…これはなかなか面白いアーティファクトだ」
俺から写しを受け取った悪魔は紫の瞳でそれを眺め、親指と中指でつまむとひらひらさせながらそう言った。
いかにも意味ありげな怪しい笑みを浮かべている。
「面白いって、どのあたりが?」
「このアーティファクトは君の行くべき道を教えてくれる。 いわばナビだね」
「そんな機能がこの紙に?」
「うん、君が道に迷った時、この紙が教えてくれると思うよ」
悪魔から写しを返してもらい、悪魔のしていたように親指と中指でつまんで今後どの学校へ進んだら良いですかと念じてみる。
しかし、紙には何の変化も見られない。
「そういう一般的な事じゃなくて、これはもっと専門的。 この紙に上位存在やアーティファクトの手がかりを与えたら、そこまで導いてくれるはずだよ」
「って事は、上位存在やアーティファクトへのナビになるって事?」
「その通り。 上位存在に会いたい君にとってこれ以上ないキーアイテムになるね」
帝都はなぜ、こんなすごい紙を住民ひとりひとりに配っているのか。
新しい疑問が浮かんだが、貰ったものは貰ったものだ。
この写しは悪魔の言う通り、俺の旅のキーアイテムとなるだろう。
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