第4話 王の広場へ

 家を出て、まずは公衆浴場を目指す。

 帝都は上下水道設備と近くにある湖のおかげで水資源が豊富だが、一般家庭にはまだ入浴設備が普及していない。

 簡単に体を洗う程度なら水の入った革袋で簡易シャワーを作れば済む話だが、大事な儀式前に体を清めておくのだから入浴は必須だろう。

 平民街から続く白い石壁の家に挟まれたメインストリートを進み、商業区の中へと進んで行く。

 天気は見事なまでの快晴で、漂ってくる花の香りも相まって天に祝福されているようだ。

 石畳の道もいつにもまして白く輝いているように見える。


 「ようカイン、今日が導きの日だろ?  こいつぁ餞別だ」

 

 商業区に入るなりガタイの良いひげのおじさんが声を掛けてきて、パンに焼いた獣肉を挟んだサンドイッチを渡してくる。

 記憶によるとこの人はアーロン。

 孤児たちみんなに優しい面倒見の良いおじさんで、こうしていつも何かしらの食べ物を恵んでくれている。

 豪快な笑顔がトレードマークの、露店の店主だ。


 「ありがとうアーロンさん、料理の素質があったらここで働かせてもらうね」

 「そりゃダメだ。 うちで働くならせめてこいつを運べるようになってからだな」


 なんて言いながら、アーロンさんは自分の隣にある大きな石窯を指差す。

 高さ1mはありそうなその石窯を、アーロンさんは毎回持ってきて美味しい料理を客に振舞っているのだ。

 それが運べるようになってからだなんて、アーロンさんは俺を自分と同じ大男に育てたいに違いない。

 というより、孤児全員をそうしたいのではないか。

  

 「それが運べるのはアーロンさんだけだよ」

 「ははっ、確かにこいつは気難しいからな。 他の奴が抱いたら暴れて逃げ出すかも知れねぇ」

 

 アーロンさんはガッハッハと豪快に笑いながらそな事を言っている。

 俺の顔くらいあるサンドイッチを頬張りながら、手を振ってアーロンさんと別れた。

 友達も含めて、あの人にはとても世話になっている。

 旅の目的がどうあれ、何かしらの形で恩返しができたら良いのだが。


 アーロンさんの料理の露店を先頭に、続く露店たちには果物や魚、肉、革製品、織物の店に壺の店、珍しい物では謎の巻物の店や魔法道具の店までが並ぶ。

 商業区の露店通りは庶民の生活の要であり、帝都ゼウスの名物のひとつだ。

 今日も露店通りは多くの人で賑わっていて、慣れた人間でなければスムーズに歩く事も出来ないだろう。

 

 露店通りを抜け、石造りの階段を上り、商業区の中層へと入る。

 平民街に近い、露店通りを主とする区域が下層、一般的な店と公衆浴場があるのが中層、強力な魔力の込められた物や高級品の並ぶ店があるのが上層。

 帝都は全ての区域が上、中、下と分けられており、裕福なもの、地位の高いもの、貴重なものほど上層に振り分けられている。

 とはいえ、上層に住む者が下層に住む者を虐げたりなどはほとんどなく、生まれた時から町の構造がそうなっていた程度の認識だ。


 下層と同じ石畳の道を進み、鍛冶屋や本屋、衣料品店を横目に公衆浴場へと到着する。

 この、恐らく大理石で造られている大きなドーム型の建物が公衆浴場であり、中には簡単な脱衣所と大きな浴槽がいくつか設けられている。

 ここの浴場は男女別だが、町によっては混浴の所もあると入浴客のおじさんから聞いた事がある。

 町によって基礎を創った神様が異なり、それぞれ違う文化があるのだとか。

 

 入口で入浴費用を払い、服を脱いで浴場へと入る。

 浴場では数人の男たちが朝風呂を堪能しており、中にはまだ朝だというのにワインを飲んでいる者まで居た。

 酔って暴れた、という話は聞かないが、溺れかけて九死に一生を得た話はたびたび聞いているだけに心配な所だ。

 ちなみに、今まで黙ってついて来ていた悪魔は脱衣所の段階でどこかに消えてしまっている。


 浴場に置かれた石鹸で髪と体を洗い、浴槽で良く体を温めてから浴場を後にする。

 入浴後の火照った体に通りから吹き抜ける風が心地よい。

 上層に近づいているのもあって、街を覆う花の香りも強くなってきた。


 「さっぱりした?」


 上機嫌で進む俺に、隣を歩く悪魔が話しかけてくる。


 「やっぱりお風呂は気持ちいいね」

 「目的地まではもう少し、時間も良い感じだよ」

 「ちなみに、今までどこに?」

 「私は居るも居ないも自由だから」

 

 そう言いながら悪魔は影になって消えて見せ、また影から現れて見せる。

 なかなか都合の良い存在のようだ。


 「呼んだら出てくるから用があったら呼んでね?」

 「何て呼んだら良い?」

 「悪魔で良いよ、名前を付けると色々大変だろうし」

 「大変って?」


 並ぶ店の間から貴族街特有の、各家固有の紋章が入った旗が見え始めた。

 貴族街の家は一軒一軒がとても大きく、こうして門と柵の先から家に飾られた旗の紋章を見て誰の家かを判断するのだ。

 

 「悪魔にとって名前を知られるのは急所を握られるのと同じだから。 私に名前を付けたら君は一生それを黙って生きなきゃいけないよ?」


 微かに浮かぶ前世の記憶に、悪魔の名前を呼びながら悪魔払いをするエクソシストの姿がある。

 映画で見たのか何で見たのかは思い出せないが、確かに悪魔が名前を知られる、というのは問題になりそうだ。


 「ね? だから今は悪魔で良いよ。 また来るべき時が来たら名前を付けて」


 来るべき時とはいつなのか。

 そんな事を気にしている内に貴族街の階段まで来てしまった。


 段の脇を綺麗に剪定された植物が飾る美しい大階段を上がり、教会区へと入る。

 流石に教会区は辛いのか、悪魔は階段に差し掛かるや否やまた姿を消してしまった。

 住民の住む区域は平民街が下層、貴族街が中層、教会区が上層となっており、その上に皇帝の住む区域がある。

 教会区と皇帝の住む王区の境こそ、導きの儀式の舞台となる王の広場という訳だ。

 もともと王都を名乗っていたゼウスが帝都を名乗るようになったのは周辺地域を治め始めたつい最近の事であり、現在でも王の広場や王区という呼び名が残っている。

 いずれは皇帝の広場や皇区、帝区のように呼び名が変わったりするんだろうか。


 教会区はその名の通り、教会や修道院といった宗教関連の施設が建ち並ぶ区域だが、その他にも学校や魔法研究所、士官養成施設などがここに置かれている。

 ここは帝都ゼウスの心臓部とも言える場所で、帝都の住民以外には防御魔法が働いて入れないようになっているらしい。

 

 荘厳で美しい施設の群れを抜けると、いよいよ王の広場と王区に繋がる巨大な門が見えてきた。

 この巨大な魔法陣こそが王の広場そのものであり、これがあるおかげで様々な儀式が行え、皇帝は侵入者から身を守ることができる。

 その中心では神官と思しきローブを着た人が大理石の祭壇に儀式に用いる道具を並べており、その向かいには今日儀式を受けるのであろう子供たちが並んでいる。

 そして、広場の中心から少し離れた位置には心配そうな表情で我が子を見つめる親が数組。

 我が子の素質や生まれ持った祝福がわかる重要な日だというだけあって、親たちはとても心配そうな表情をしている。

 真剣な表情で儀式の準備を始める神官の顔と、その心配そうな親たちの顔を見て俺も段々と緊張してきてしまった。


 横一列に並んだ子供たちの右端に並び、儀式の開始を待つ。 

 並んでいるのは俺も含めて5人。

 孤児院に同じ誕生日の者は居なかったため、全員知らない顔だ。

 

 「おはよう、僕はアイアス。 君は?」


 隣に立つ長身の子がこっそりと俺に話しかけてきた。

 同い年だというのに俺より30cm近く背が高く、鍛えているのか体つきも大人並みだ。


 「おはよう、カインだよ」


 人懐っこそうな茶色の瞳がこちらを見降ろす。

 恵まれた体型と濃い茶色の髪と瞳。

 アイアスの家系は生粋のゼウス人なのだろう。

 

 「今日が導きの日だけど、君はどんな祝福が欲しい? 僕は戦いに役立つ祝福を貰ってこの町を守るんだ」


 アイアスは期待に目を輝かせ、ぐっとこぶしを握っている。

 これは決意表明でもあるのだろう。

 俺に話すことで覚悟を決めているのだ。

 これは、家族からの影響か。

 話しながら振り返ったアイアスの視線の先には、彼と同じ茶色の髪と瞳の両親が立っていた。

 両親の目からは自信が見て取れる。

 アイアスが立派な祝福を得ると信じて疑わない目だ。


 「僕は特に決まってないよ。 神様はたくさん居るし、誰が僕を見てくれてるかなんてわかんないから」

 

 アイアスはそうだよね、と言って小さく笑い、真剣な顔で神官の方を見た。

 神官は祭壇の上から分厚い本を取り、顔の横で手のひらをこちらに向ける。

 これは儀式の開始を表しており、これからいよいよひとりずつ儀式を受けていく。

 一番初めに儀式を受けるのは左端の男の子。

 中肉中背、金髪の彼だ。

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