帝都ゼウス編1
第3話 帝都の朝
次に目を開くと、部屋には眩しいほどの日の光が差し込んでいた。
割れそうな頭の痛みは無くなっており、記憶も大部分は整理がついている。
ここは帝都ゼウスの平民街。
商業区を臨む、この世界での俺の家だ。
この世界で得た知識に関しては脳が子供だった事もあってか映像や音といったものがほとんどで、魔法はおろか、専門的な知識はほとんど何も無い。
役に立ちそうなものはこの町周辺の土地勘や金銭感覚、その他必要最低限の生活能力くらいだ。
そして不思議な事に、ここに来る以前の記憶が弱くなっている。
生前に身につけたであろう知識を思い出そうとすると頭が痛くなり、無理をすればそのまま意識を失う事になる、というのが体感的にわかる。
子供の体に大人の知識を詰め込んでいる状態なのだから、そうなるのも仕方ないのかもしれない。
こうして頭の働きを念入りに確認したのだが、重要そうなイベントがひとつ。
今日が丁度、俺のこれからを決める導きの日であり、自身の素質がわかる日なのだ。
「頭はすっきりした? では改めて、おはよう」
いつの間に居たのか、悪魔がベッドの脇に座ってこちらの顔を覗き込んでいる。
「おはよう」
昨晩から待たせている事に少し申し訳なさを感じ、挨拶を返す。
発せられた声は自分の声とは思えないとても綺麗な声で、思わずびっくりしてしまった。
「うんうん、すごく良い声だ。 ちなみに私の姿は君と君が許可した人間にしか見えないから、人目につく所では話したい内容を思い浮かべるだけで良いよ」
できればここに来る前に教えて欲しかったが、この世界での身の上ならまぁ問題無いだろう。
俺は生まれてすぐに保護団体に拾われて、ようやく一人暮らしを許された天涯孤独の身なのだから。
この世界での俺の名前はカイン。
帝都近郊の森で生まれ、捨てられ、今までの10年を孤児院で過ごしてきた。
この世界は神と近い世界なだけあって、道徳的に優れた人間が多い。
孤児院の記憶もみんなで和気あいあいと過ごした楽しい思い出ばかりで、それをハイライトで思い出す事しか出来ないのが惜しいくらいだ。
「うん、その様子だとカインとうまく馴染めたみたいだね」
「うん、頭も痛くないし大丈夫。 今日から頑張ってカインを務めるよ」
口調を子供に寄せようかとも思ったのだがこの世界の人間は早熟らしく、この程度の話し方なら10才でも問題なさそうだ。
記憶にある友達のルカやアレクなどもこんな感じだし大丈夫だろう。
「ああ、ちなみに」
悪魔が何か思いついたような顔をして俺に一冊の本を渡す。
表紙に何も書かれていない、赤い革で装丁された、分厚い立派な本だ。
「これは私からの誕生日プレゼント。 君が天使や悪魔、神々と交わした契約や受けた加護、祝福、
受け取った本が微かに熱を帯び、宙に浮くとひとりでに初めのページを開く。
そこにはあの板に書かれていたものと同じ3つの加護が記されていた。
「そんなに増えるものなの?」
そういったものは初めに貰える3種類のみでそれ以上は増えないのだろうと思っていたが、この分厚さからすると相当増える見込みなのだろう。
ページ数で言えばゆうに200ページは超えていそうだ。
「基本はそんなに増えないよ。 ただ君は色々勉強がしたいと言ってこの町に来たでしょ? だから、この分厚さは期待の分」
嬉しいような悲しいような。
期待されているのは素直に嬉しいのだが、この体格でこの大きさの本となると持ち運ぶだけで苦労しそうだ。
「そこは大丈夫、悪魔の力で作られた特別品『アーティファクト』だから、重さも無いし出し入れ自由だよ」
『アーティファクト』。
天使、悪魔、神、その他、人間を超える上位存在が作ったもの全般を指し、人間には到底作り得ない特別な力を持ったもの。
この世界ではそういったアーティファクトがいくつも存在しており、この世界で旅をするには必須と言えるものだと孤児院で聞いた。
それを実際に目の当たりにしている訳だが、とても作りの良い本である事はわかるものの不思議とそれ以上の特別な感覚は無い。
「この世界では悪魔の書いた本を総称して『ギガス』と呼ぶけど、その本の名前は自由に決めて。 そこに記されるのは君の事だしね」
ギガスの話は初めて聞いた。
たくさんあるとされるアーティファクトも見つかった物のほとんどは高名な冒険家や大富豪、あるいは都市そのものや教会などに回収されてしまい、一般市民の目につく事は無いという。
ギガスという呼び名も、アーティファクトに精通したプロの中での呼び名なのだろう。
それにしても、そんな物の名前を考えないといけないとは、これは迷ってしまいそうだ。
「何にする? 念じて出す時の名前になるから呼びやすい方が良いよ?」
「じゃあ……『スキルブック』」
「すごくロマンのない名前だけど君らしくて良いんじゃない?」
悪魔はあはは、と心底面白そうに笑っている。
自分の持つ特殊能力が書かれた本なんだから『スキルブック』で何もおかしくは無いだろう。
それともカインの能力帳にでもしろと言うのか。
「ごめんごめん何だか和んじゃって、馬鹿にしたんじゃないよ?」
謝りながら、悪魔は俺の頭を撫でてくる。
体は10才とはいえ精神は人生2周目なんだ、子ども扱いはやめて欲しい。
「良いでしょ? これから君は散々子ども扱いされるんだからその練習。 それよりほら、スキルブックを頭に思い浮かべながら出し入れしてみて」
言われた通り、スキルブックの姿を頭に思い浮かべ、しまえ、と念じる。
するとスキルブックは突然宙に現れた穴に吸い込まれ、忽然と姿を消してしまった。
続いて、出ろ、と念じる。
するとまた宙に穴が開き、そこからスキルブックが現れた。
「良し、問題なく使えてるね。 スキルブックは魔法の産物で物質じゃないから、触ったり盾にしたり薪にしたりはできないからね」
悪魔の本を薪にするなんて誰が考えるのか。
盾に出来るかもとは一瞬考えていたが、流石にそこまで便利な物ではないらしい。
「それよりほら今日は君の成人の日なんだから、早く導きの儀式を受けないと」
そうだった、今日は俺の10歳の誕生日。
この世界においての成人の日であり、自分の適性や、上位存在からの祝福が受けられる導きの儀式の日だ。
会場となるのは平民街を進み、商業区を抜け、貴族街の階段を上がったさらにその先、王の広場だ。
「場所はわかってるね。 じゃあ早く準備をして向かわないと、私の時計では後2時間しかないよ?」
悪魔がそう言った直後、貴族街の教会の方から10時を告げる鐘が聞こえてきた。
カーン、コーンと高い音が10回。
この音を聞くと不思議と気持ちが落ち着いてすっきりとした気分になる。
悪魔はばつが悪そうな顔をしているが教会の鐘の音なら当然か。
「悪魔なのに時間にうるさいんだね」
「悪魔は契約第一主義だから、ルールや約束にはうるさいんだよ。 ほら、着替えはそこの机の上、必要な物は昨日君が自分で鞄に詰めたから、その椅子に立てかけてあるのを忘れないで」
まるで親のように面倒をみてくる悪魔に思わず笑ってしまった。
「そこはお姉ちゃんにしない?」
悪魔はそう文句を言いながら机の上の木製の皿に、棚の横に置かれていた同じく木製の深皿からリンゴとパンをひとつずつ乗せていく。
そして棚の下にある木箱からチーズを一切れ取り出し、同じ皿に盛った。
これがゼウスに住む平民の一般的な朝食だ。
もう少し裕福な家庭なら、ここに加工肉の類やスープがつく。
「はい、食べて食べて。 今日は道中で身を清めないといけないんだから2時間あってもあっという間だよ?」
「ありがとうお姉ちゃん」
服を一旦ベッドへどかして机に座り、パンを手に取りながら悪魔にお礼を言う。
これだけ甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだから少しは悪魔の口車に乗っても良いだろう。
お姉ちゃんと呼ばれた悪魔はとても嬉しそうな顔をしており、俺が避けなければ今頃は抱き着かれていただろう。
と、ふと疑問を抱いてしまった。
「そういえば、君は何者?」
「全然聞いてこないから興味ないのかと思ってた。 私は生前の君の悪が姿を持った、君だけの悪魔だよ」
突然そう言われても理解が追いつかない。
悪が姿を持ったと言われても、その悪に全く心当たりが無いのだ。
「生前の行いによって天使と悪魔がセットで生まれて、生まれたふたりが加護を授ける。 与える天使と悪魔によって加護の内容が変わるのはそのせいだよ」
「つまり、天使が俺の善の部分?」
「そう。 君の場合、善意がとても強くてそれを人にも強いてきた冷酷な人間だけど、悪意は人を救うために行う必要悪のような、最低限の優しいものだったみたいだね。 だから天使は機械的で冷たく強力な、正義の化身のような存在で、私は大した力も無い優しいおせっかいになっちゃったんだ」
思わぬところで自分では知り得ない前世の俺について知ってしまった。
あんな天使を作り出す善意とは、俺は前世で審問官でもやっていたのだろうか。
「ほら、今は食べて食べて。 詳しい話は儀式の後で」
悪魔に促され、手早く食事と着替えを済ます。
着替えの間も悪魔はこちらを注意深く見ていたが、元々俺から発生した悪魔なら今さら恥ずかしがることも無いだろう。
そうして出発の準備を無事に終え、儀式の時間までは残り1時間30分。
この調子なら問題なく儀式を迎えられそうだ。
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