第7話
三度戻ってきた学校は新鮮味の欠片もなくなっていた。
芝山さんは猫背になり虚ろな目で廊下を歩いている人達を眺めている。
「今回はどうするんですか?」
「ま、とりあえず鞄持ってきてよ」
「はぁ……」
芝山さんの反応は鈍い。
「学校、サボろうかなって」
芝山さんは「ういっす」と気の抜けた返事をして自分の教室へ戻っていったのだった。
◆
学校を飛び出した俺達は電車に飛び乗り、少しだけ自宅や学校から離れたショッピングモールにやってきた。
「ショッピングモールですか?」
「うん。俺さ陰キャだったから制服デートとかしたことないんだよね」
「あぁ……私もです」
「ってわけで折角だし夢を叶えようかなと」
「はぁ……」
「もっとしゃきっとしてよ。レモンスカッシュ飲む?」
「今レモンスカッシュを飲んだら最初の世界に戻れるんですかね。何もしていませんし」
芝山さんは近くにある自販機の前に立ち、ぼーっと缶のサンプルを眺める。
「戻れるんじゃない?」
俺が隣に行くと芝山さんは俺の方をちらっと見上げてもう一度自販機の品揃えをチェックする。
「あぁ……売り切れですね」
「戻りたかった?」
「いえ。全くです」
「じゃ、行こっか」
俺が先に自販機の前から離れようとすると、芝山さんに腕を掴まれた。
「どうしたの?」
俯いている芝山さんの頬は真っ赤。何かを言おうと必死に唇を震わせている。
「あ……そ、その……さっき言ってましたけど、もう一回聞きたくて……レモンスカッシュを一生飲まない人生って……どうですかね?」
「良いと思う」
芝山さんは顔を勢いよく上げる。嬉しそうな驚いたような、そんな表情だ。少しだけ目を潤ませながら芝山さんが話し始める。
「その……なんというか現代に戻るたびに知らない世界に来ちゃった感じがするんです。何も違わない世界のはずなのに……何かが違う。自分だけが……私と栗原さんだけが異質な存在な気がしてしまって」
「そうだよねぇ……分かるよ」
「でも……金髪の自分には絶対に戻りたくないんです」
金髪の芝山さんというのは最初の世界のことだろう。
「いいよ。どこまでもついていくから。俺も未練はないよ」
「そ……そうですか……安心しました」
「不思議だよね。一緒にいるのは正味数時間くらいなのにさ」
芝山さんは俯いたまま俺の腕に抱きついてくる。
「じっ、時間は関係ありません。行きましょう」
「う……うん」
不思議な協力関係。連帯感。そういうものの中に僅かに芽生えているもう少し原始的な感情が徐々に大きくなっているのが分かる。
芝山さんはどう思っているんだろう。灰田から逃げられればそれでいいんだろうか。その結果俺となし崩しにくっつくことになってしまうことは受け入れてくれるんだろうか。
人もまばらなショッピングモールを練り歩く。
「そろそろ今回のアイディアを教えてくれませんか?」
腕を組んだまま芝山さんが尋ねてくる。
「あー……実は何もないんだ」
芝山さんはふふっと笑う。
「そうだと思ってましたよ。元気になってきました。また頑張りましょう」
「そうだね。次はどうする?」
「私に考えがあります」
そう言うと芝山さんは俺の手を引き、ショッピングモールの中にあるフードコートへと向かった。
◆
芝山さんはフードコートに着くなり隅にある席を陣取り、紙ナプキン入れにスマートフォンを立てかけた。
「な……何をするの?」
「私は笑うのが苦手なので。栗原さんは得意ですか?」
「まぁね」
俺は満面の笑みを芝山さんに向ける。だが芝山さんは無表情のままスマートフォンに視線を移した。
「一緒に見ましょうか」
「そんなに酷い笑顔だった!?」
「フッ……冗談ですよ」
芝山さんは口元だけで笑う。確かにこの人は笑うのが苦手らしい。
「何を見るの?」
「『焼肉屋のデザートが当たり付きアイスで無限に当たる』というコントです。何回見ても笑えますよ」
「そ……そうなんだ」
「栗原さんは私達が笑っているところをインカメで撮ってください」
「いいけど……何に使うの?」
「未来の私達に見せるんですよ」
「あー……なるほどね」
なんとなく芝山さんのしたいことが分かってきた。
二人でコントの動画を眺める。
「ふっ……ふひっ……」
芝山さんが笑ったところでインカメでパシャリと写真を撮る。コント動画が終わるまでの数分で20枚は撮っただろうか。
芝山さんが出来栄えを確認する。満足気に頷いたので大丈夫そうだ。
「悪くないです。次はプリクラを撮りに行きましょう」
「そんなに写真を撮ってどうするの?」
「証拠を残すんですよ」
芝山さんは無表情なままウィンクをして椅子から立ち上がった。
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