第6話
意識が戻ると俺はどこか知らない部屋に座っていた。壁にはいかついロックバンドのポスターや趣味の悪いゴツゴツしたアクセサリーがかけられている。
テーブルを囲んでいるのは俺と黒髪ボブで地雷メイクの芝山さん、それと灰田。
「お……おいおい。なんのドッキリだよ? 二人して白目むき出してよぉ……」
灰田は戸惑いながら俺達を交互に見る。
スマートフォンで日時を確認。元の日時に戻ってこられたようだ。だが居場所が非常階段ではない。
よく見ると俺が住んでいる部屋と間取りは同じ。どうやらここは灰田の部屋みたいだ。部屋の隅に女性物の服や下着も畳まれて置かれている。
「あー……ね、寝てました。は……灰田さん」
芝山さんがそう言うと灰田は一瞬だけ驚いた顔を見せるがすぐに破顔して芝山さんと肩を組む。
「なんだよ花恋ぉ〜。いつもみたいにたっちゃんって呼べよなぁ」
「はっ……や、やめてください!」
芝山さんは不愉快そうに灰田の腕を振り払って立ち上がると、短い部屋着のズボンの裾を何度も伸ばしながら部屋から出ていったしまった。
その後ろ姿を灰田は不思議そうに見送る。
「なんだあいつ?」
「あー……ど、ドッキリなんじゃない?」
「そうかよ。ま、いつものことだもんな。二人して俺のことからかってさ」
「俺と芝山さんが?」
俺の言葉を聞いた灰田はゲラゲラと笑う。
「急にどうしたんだよ。よそよそしいな。俺達3人で親友だろ? 大学も一緒でさ」
「へっ……」
どうやらあのキスはとんでもない未来を作り出してしまったようだ。結局芝山さんは灰田と付き合い、俺も二人と仲良くなっている。
「なんだよ? 今度は何をしようとしてるんだ? また昔みたいに教室でキスして記憶をなくすのか?」
「はっ……ま、まさか……」
未来を知らない芝山さんはどうあがいても灰田に入れ込んでしまうらしい。
この未来はダメだ。やり直し。ご破算。
俺はテーブルからレモンサワーを取る。幸か不幸かレモンサワーは一本しかない。
「ちょっと話してくるよ」
「はいはい。テッテレーって来るんだろ? ちゃんと驚いてやるよ」
灰田はタバコに火をつけながらそう言う。
「あのさ……芝山さんのこと、好きなの?」
灰田ときちんと話すのは初めてだ。又聞きだから灰田の人となりは知らないのできちんと聞いてみたくなった。
俺の質問に灰田は鼻で笑う。
「はぁ? ただのセフレだよ。呼びゃいつでも来るしすぐに股を開くしさ。なんだよ。お前もヤリたいの? 3Pするか?」
なるほど。人は簡単には変わらないらしい。というかこんな人と仲良くしている俺はなんなんだ。ただの陰キャだったはずなのにどうしてしまったんだ。
知らないうちにキスを交わした芝山さんに片思いをしてずっとウジウジしながらつきまとってここにいる、なんて人生を送っているとは思いたくない。
思いたくはないけれど、灰田のトーンや俺だけ浮いている陰キャっぽい雰囲気からしてそういう人生を歩んでしまったんだろう。
だけどこの世界の灰田を殴ったところで何も解決はしない。
俺は全力で笑顔を作り、灰田の部屋から逃げ出した。
◆
芝山さんは2階と3階の間の非常階段に座っていた。上は厚手のスウェットだが、下は太腿が隠れないほど短めのズボンなので寒そうだ。
俺に気づいた芝山さんは嬉しさと悲しさが入り混じった表情で俺を見上げる。
「ビートルズ、解散してませんでした。ジョンも生きてます」
「えぇ?」
芝山さんは俺にwikipediaを見せてくる。ざっと読んだ感じだと本当に生きているみたいだ。
「バタフライエフェクトですよ」
「いやでも……俺達が生まれるもっと前の話だよね? 戻った時点の更に過去の改変なんてありえるの?」
「そもそも過去に戻るなんてことがありえない事象なんです。何がありえて何がありえないかなんて議論は無駄ですよ」
「まぁ……そうだね。ジョンには悪いけど次に行く?」
「え、えぇ……そうですね……」
芝山さんは戻ってくる前は手応えがあったのか、この結果を受け入れられないようだ。踊り場に並んで座ると隣で芝山さんは腕に顔を埋めた。
「はぁ……マジで馬鹿すぎませんか? 過去の花恋」
「そういうもんなんじゃないの? 恋は盲目とか言うじゃん」
「ほんと、目潰しされてますよね」
「ま、今の芝山さんは目が覚めてるからいいんだよ。次いこ」
「次行って何か変わるんですかね。やっぱり意味がない気がしてきましたよ。改変するたびに悪くなってませんか? なんすかこのケツまで見えそうなズボンは? マジで都合のいいセフレ女感が丸出しですよ」
「あはは……」
実際そうなんだけどあまり芝山さんにダメージを負わせるのも不本意なので黙っておく。
とはいえ芝山さんの懸念ももっともではある。戻ったところで、過去の俺達の行動ががらりと変わるようなことをしないと、また芝山さんは灰田に惹かれてしまう。
「うーん……あ! 俺にアイディアがあるよ」
「はぁ……本当ですか?」
芝山さんはかなり落ち込んでいる様子だ。ローテンションなままため息をつく。
アイディアなんてないけれど、元気のない姿が見ていられずハッタリをかます。
「そんなに萎えないでよ。最悪過去に戻ってレモンスカッシュを飲まない人生を送ればいいんだから」
「それは過去に居続けるということですよね。でも……栗原さんはそれで良いんですか?」
「いいよ。今の芝山さんがいるなら高校生活もたのしそうだし」
芝山さんは顔をあげて目を見開く。これはハッタリではなく本当。
「えっ……はっ……そ、それは……その……」
「なんてね」
俺は照れ隠しにレモンサワーを口に含む。そして数年前の仕返しとばかりに芝山さんの唇を奪ってレモンサワーを流し込んだ。
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