第8話

プリクラを撮ってショッピングモールを出る直前、出入り口の近くにある店先に置かれたヤシの木のキーホルダーが目についた。


「ちょっとまってて」


俺がそのキーホルダーを2つ手に取ると芝山さんは必死に俺を制してきた。


「ま……まさかそれをお揃いに……!?」


「ダメ?」


「だ、ダサすぎませんか?」


「ダサいかなぁ……」


「これはダサいですって! お、おそろいは良いですけど……これは……」


「じゃ別のにするよ」


俺が別のところへ移動しようとすると、芝山さんはギュッと裾を掴んで呼び止めた。


「あ……あの……やっぱりこれにしましょう」


「ダサいんじゃないの?」


「ダサカワです。問題ありません」


芝山さんはヤシの木のキーホルダーを2つ掴むとレジへと向かっていく。その後ろ姿が妙に嬉しそうに見えたのは気のせいだろう。



写真、プリ、キーホルダーを揃えてやってきたのは芝山さんの家。途中、芝山さんはコンビニで何やら買い揃えていたが半透明な袋の中身は見えない。


玄関を上がり、リビングへ向かうとそこには芝山さんの両親と思しき二人が優雅にコーヒーを飲んでいた。


「お父さん、仕事の締切は大丈夫なんですか? 新しいマンションだって張り切っていたじゃないですか」


「あぁ、このあと最終確認をしてから提出するよ」


優雅に話している二人に芝山さんと俺で近寄る。


「お父さん、お母さん、ただいま帰りました」


二人は「おかえりなさい」と穏やかに返すも俺の姿を見て絶句。コーヒーカップをテーブルに置くと顔を引き攣らせて「こんにちは」と挨拶をしてきた。


「あぁ……お父さん、お母さん、紹介します。私、彼氏ができました。一応結婚を前提としたお付き合いとしています」


俺も事前に聞いていなかったので「え!?」と言ってしまう。


「これから二人で部屋でイチャイチャしてきますので、それでは」


芝山さんは二人の反応を見るまでもなく俺の手を引き、廊下に出て階段を登る。


2階にある一室には無機質で色味がなく地味な家具が置かれていた。芝山さんの匂いがするので自室なのだろう。


「あ、あんなこと言ってよかったの?」


「その……栗原さんが迷惑でなければ……ですが」


「もう言ってるし今更遅いんだけど!?」


「では諦めてください。私は何が何でも未来を変えたいんです。この世界ではこの後私と栗原さんが付き合うように仕向けます。そのためにありとあらゆる手段を講じました」


これまでのタイムリープでわかっている範囲だと、俺達がレモンスカッシュを飲んで戻ったあとは、俺達が戻っている間の記憶がない状態で高校生の時の人格に引き継がれる。


つまり、彼らが目を覚ましたときに確実に俺達が付き合っていると誤認させれば良いのだ。


「その手段がプリに写真にキーホルダー?」


「それと両親の証言です。外堀は完全に埋めました」


「まぁ……うまくいくかもね。その後別れるかどうかは別問題だけど」


「それは過去の未来の私達に期待するしかありませんね。戻ったら即座に交際関係を解消しますので安心してください」


「そういうことね」


とにかく灰田と付き合わないようにすることが第一目標。そのために俺と無理矢理にでも付き合わせるということらしい。


俺も両親に「彼女ができた」とフードコートで撮った写真を送る。


「俺も送っといたよ」


「ありがとうございます。では最後の仕上げと行きましょう」


芝山さんはコンビニの買い物袋からレモンスカッシュとコンドームの箱を取り出した。


「えっ……こ、これ……使うの?」


「それっぽく見せるだけですよ」


芝山さんは箱を開けてコンドームを一つ取り出す。それを伸ばし、いかにもな使用済み感を出してゴミ箱へ捨てた。


目的は高校生の俺たちを騙すこと。そのために出来ることはまだあるんじゃないだろうか。


「練乳とケチャップってある?」


「え? 多分あると思いますが……あぁ……さすが完全童貞ですね」


芝山さんは俺の意図を理解してニヤリと笑う。


「リアリティを追求しているだけだからね!?」


「わかってますよ。待っててください」


芝山さんは俺の肩を叩くと一人で一階へ必要なものを取りに向かった。



練乳を流し込んだコンドームの口を縛り、少しだけケチャップを垂らしてティッシュで包むとティッシュに赤が滲んだ。


「うわ……こんな感じかな?」


「精神的非処女からするとこんなものではないかと思いますよ」


「精神的童貞で悪かったね! わかんないんだよ!」


「ま、私達が戻ったらこの世界の栗原さんは精神的非童貞です。そう勘違いさせるんですからね」


「まぁ……そっか……って俺にはなんの関係もないけどねぇ!?」


「さ、明るい未来へ帰りましょう」


芝山さんはレモンスカッシュを開けると先に口に含んでベッドに横になった。


俺も充電の少ないスマートフォンにケーブルを差し込み、レモンスカッシュを口に含んでベッドに横になる。


横になったまま二人で目を合わせ、小さく頷く。どちらからともなく手を前に持ってきて指を絡める。


今回こそはいけるはずだ。


そんな希望を胸に俺はレモンスカッシュを飲み込んだ。

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