第3話
目が覚める。俺は廊下に立っていた。ここは見覚えがある。
俺が高校生のときに通っていた校舎だ。1年1組から1年3組までの教室が連なった廊下。
「あ……え……」
声のした方を向く。そこには黒髪をポニーテールで束ねた女子が驚いた表情で立っていた。
その顔は芝山さんそのものだ。だがさっきまでとは髪型も色も全く違う。
「し、芝山さん?」
「え……く、栗原さん!? こ、ここは一体……」
「俺が聞きたいんだけど……なんで俺が通ってた高校にいるの?」
「私もここなんです。1年2組でした」
「あ……そうなんだ。俺は1年4組。ずっと4組だったんだ」
「じゃあずっと隔離されてた訳ですか。可哀想に」
4組だけは他のクラスと離れた場所に教室がある。それはずっと変わらなかったので俺は他のクラスの人に疎かったのだ。
「こ、これってさ……やっぱり過去に戻ったってやつなのかな?」
周囲は休み時間を友人と満喫する人で溢れている。中には見覚えのある顔もいて、本当に当時に戻ってきたかのような感覚だ。
「恐らくは。困りましたねぇ……また大学受験をしないといけないんですか」
「確かに。もう一回受験勉強は出来ないよねぇ……」
「ですよねぇ……あ!」
芝山さんは何かを思い出したように拳を突き上げる。周囲の人がチラチラと俺たちを見てくるので透明人間として過去に戻ってきたわけではないようだ。
「ど、どうしたの?」
「今からアイツを殴りに行きましょう」
「チャゲアス?」
「えぇ。
俺のボケを無視して芝山さんが知らない名前をあげた。
「誰?」
「将来の糞DV浮気男です」
「あぁ……」
未来の芝山さんの頬にアザを作った張本人もどうやら同級生だったようだ。世間は狭い。
「まだ入学してすぐだよね? もう付き合ってるの?」
「いえ、まだです。大学に入ってからなので。ですがフラグは早めにへし折っておくに限ります。私って建築士の父親もびっくりするくらいにフラグ建築の能力が高いんだと思います。この世界にいつまでいられるのかも分かりませんから」
「あー……目的達成したら現世に戻るパターンね。どうなんだろ……このまま一生この世界なのかなぁ」
「それならそれで私は構いませんけどね。大学受験は面倒ですが、確実にあの男との過去を抹消できますから」
「どんだけ嫌いなのさ……」
「人生の汚点です。さて、行きましょう」
なぜか俺も参加することになっているらしい。
芝山さんに手を引かれて1年1組の教室に入る。
「灰田ぁああああ!」
芝山さんが声を裏返らせながら勢いよく叫ぶ。教室の後方、数人の男子と一緒にいた人がその声に一番反応する。そいつが灰田なのだろう。
芝山さんは灰田に駆け寄りながら勢いをつけ、そのまま握り拳を灰田の顔にぶち込んだ。
灰田はいきなりのことに防御態勢も取れず、為す術もなく床に崩れ落ちる。
周囲の人は何が起こったのか全く理解できていない様子だ。
「さて……スッキリしました。レモンサワーが飲みたいですね。行きましょう」
芝山さんは飄々とした態度でまた俺の手を引き廊下に出る。
芝山さんがここに通っていたことは嘘ではないらしく、入り組んだ場所にある自販機スペースまで迷わずに辿り着いた。
「レモンサワーは……ありませんか」
「そりゃ高校だからね……」
「仕方ありませんね。レモンスカッシュにしましょう」
芝山さんは通学定期のICカードをかざしてレモンスカッシュを購入する。ガコン、と落ちる音がするともう一度同じ動作を繰り返し、2本分のレモンスカッシュを購入した。そして一本を俺に寄越してくれる。
「いいの?」
「えぇ。バタフライエフェクトって知ってますか?」
「映画?」
「まぁそれもありますが……要は過去を改変すると未来で何が起こるか分からないということです」
「それとレモンスカッシュに何の関係があるの?」
「迷惑料です。何が起こるか分かりませんから」
「安すぎない!?」
「ま、他にあげられるものが何もありませんし」
芝山さんはそう言ってプルタブを引きレモンスカッシュに口をつける。
俺もそれに合わせてプルタブを開けて飲み物を口に含む。レモンサワーとは違う甘ったるい味付けに人工的なレモンの香りが口いっぱいに広がる。
アルコールは入っていないはず。そのはずなのに俺はまたフラフラとし始めるのだった。
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