「サクラさんはどうしたの? 死んだって、どういう意味?」

 問うてくる万里の声は、かすかに震えていた。

 「事故? ……ねえ、海里、事故にでもあったの?」

 縋るような万里の声。多分万里は、サクラの死因が事故死などではないことを察していた。それを、隠すように、ねえ、事故なの、と、その唇が繰り返す。

 「……事故じゃないよ。」

 俺の声は落ち着いていた。少なくとも、俺の耳にはそう聞こえた。自分のそれが落ち着いて聞こえることに、内心安堵していた。

 「自殺だ。さっき、電話があった。」

 「自殺?」

 一気に高くなる、万里の声。

 「電話って、サクラさんから? 何だよそれ。今サクラさんはどこにいるの? 電話があったって、いつだよ?!」

 分からない、と、俺は答えた。自分の声が微細に震えていることに気が付き、拳を固く握りしめる。

 感情を隠すのは得意なはずだった。だって、子供の頃から自分の感情を殺してばかりいたから。

 それでも、サクラの死は、確実に俺を動揺させていた。

 「電話があったのはちょっと前だけど、そのときにはもうサクラは多分死にかけてた。もう、生きてないと思う。」

 バカ、と、端的に万里が俺を罵った。

 「なんで捜さないんだよ! 海里に電話してきたってことは、海里に捜してほしいってことだろ?!」

 そんなことはない。サクラは俺にも誰にも捜されたくなんてないはずだ。

 そう、口の中で言葉を転がしながら、俺は万里の正しさに泣きそうなほど安堵する。

 万里は正しい。歪んでいない。俺が守ることができた、唯一のもの。

 「なあ! 海里!」

 どん、と、万里の拳が俺の胸を打つ。 

 「……いいんだ。サクラは捜されたくなんてないだろうから。」

 「なんで、そんなこと……!」

 海里はおかしいよ、と、俺をなじる万里の声は曇りなく真っ直ぐだった。自分の正義を疑っていないし、きっとこれからだって疑うことはない。疑う必要だってない。そういう真っ直ぐさがあった。

 「分かるんだよ。俺もサクラと一緒だから。」

 「一緒って、なにが!?」

 「捜されたくない。死ぬなら一人で死にたい。」

 「なに言ってんだよ!」

 「分からないよ、万里には。分からないし、分からなくていい。」

 優しくて正しい万里。

 俺と同じ日に同じ場所で捨てられ、育った疑似兄弟。それでも、万里の胸には俺の胸みたいに風穴なんて開いていない。俺は俺にとって、いっそ誇らしいくらいの事実だった。




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