3
万里は部屋で仮眠を取っていた。鍵が開けっ放しになった玄関を勝手にくぐった俺は、眠る万里の顔をじっと見下ろした。
見慣れた顔だった。一緒の部屋で眠った夜は数え切れないほどだから。だから、微かに眉根を寄せたその寝顔が、疲れているときの彼特有のものだとも分かっていた。
疲れた彼を起こすのは忍びなくて、俺はただバカみたいに彼の枕元に突っ立っていた。
万里はよく眠る子供だった。隣で眠る俺が『先生』に連れて行かれる物音にもぴくりともせず。
俺はそのことにいつも救われていた。万里の寝顔を守ることができているということに。
黙ってこの部屋を出ていこう、と思った俺が彼に背を向けたとき、ふと足首を掴まれた。
「海里?」
「……うん。」
「捜したんだよ。」
半分寝ぼけているような声で、万里が言う。
「変な手紙置いていなくなるから。……何だったの、あれ。」
「……。」
ただの冗談だよ、と言えない自分がいた。万里の前から消えようと決めたのは確かだった。それなのに、俺は今ここにいる。
ごそごそと半身を起こした万里が、俺の手首をつかんだ。昔から変わらない、俺より若干高い体温。
「サクラさんに部屋で待ってるように言われたから、バイトも休んで部屋にいたんだけど……。」
「ごめん。」
「どういう意味のごめんなの、それは。」
謝ることがいっぱいありすぎて、とっさに言葉にできなかった。
変な手紙を置いていったこともごめんだし、そのくせ万里の前から姿を消せなかったこともごめんだ。もっと遡れば、一緒に育ったのが俺みたいなクズでごめんだし、クズのくせにずっと万里の周りをうろちょろしていたことだってごめんだ。
黙り込んだ俺に、万里は優しかった。いつものように平気な顔をして起き上がり、なんか飲む? と聞いてくれた。
「サクラさんに言わないと。海里がみつかったって。」
冷蔵庫を開けながら、万里がひとりごちる。俺ははっとして、万里の背中に手を伸ばした。
「サクラ、死んだ。」
言えたのは、それだけ。
え、と驚いた顔で振り向く万里に、俺はそれ以上なにも言えなかった。
「なにそれ、どういうこと?」
冷蔵庫を閉め、万里が俺の手を捕まえた。
どういうことって、そういうことだ。
サクラは死んで、この世にはいなくて、もう二度と会えない。
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