4
万里を殺して俺も死ぬ。
考えたこともなかった。考えることが怖かったのかもしれない。いつか実行してしまいそうで。
「……もう、会わないほうがいいのかもしれない。」
ため息と同時に吐き出すと、女のマニキュアの指が俺の頬をなぞった。
「耐えきれないくせに。」
初対面の相手なのに、名前すら知らないのに、お前になにが分かる、とは思わなかった。
耐えきれない。多分それは、本当だ。
俺が万里を好きとか嫌いとかではなくて、もっと単純に、長いこと側にいすぎた。
双子の兄弟みたいに育ってきたのだ。今更離れられるとは思えなくて。
「離れられるなら、多分それが一番いいわ。」
女は俺の頬を撫でながら言った。
「一つの鉢植えに二本の木を植えたのと一緒。根が絡まり合って離れられないし、両方とも立ち枯れてしまう。」
でもね、と、囁く女の声は、耳に優しかった。
「未成熟のまま、根を絡ませて、立ち枯れていくのが幸せだということもあるわ。きっとね。」
「でも、それは……、」
俺の幸せではありえても、万里の幸せではありえない。
俺はもう立ち枯れてるから、どんな鉢植えに植え直してもそのまま枯れていくだけ。でも万里は、すくすくと伸びていく健康な若木だ。
俺さえいなければ、万里は今よりずっと幸せなのかもしれない。俺の存在が、万里を立ち枯れに追いやっているんかもしれない。
女は俺に、先の言葉を促したりはしなかった。ただ、じっと俺に胸を貸し、頬を撫でてくれていた。
性的な意味なしに女と抱き合うのは、記憶にある限りこれが生まれてはじめてだった。
だから俺は女のぬくもりを離せず、じっとその胸に顔を伏せていた。
永遠にこのままいられたらいいと思った。永遠に、この女の腕に抱かれて。
「あなたは優しいのね。」
女がそう言った。それは、サクラとバーテンが俺を追い詰めたのと同じ言葉だったけれど、彼女の言葉は俺の胸を傷つけはしなかった。
「優しくなんてない。」
子供がむずがるような物言いになった。優しいだなんて言われたくはなかった。非情に生きてきたつもりだ。非情にならなくては生きてはいけなかったから。
「優しいわ。」
女は子供をあやすように、静かに言葉を紡ぐ。
「あなた、自分の幸せよりバンリくんの幸せのほうが大切なのね。」
万里の幸せ。
それは多分、俺が消えることだ。目の前から消えて、記憶さえ残さずいなくなれば、万里は一人で幸せになれる。俺のことなんか気にしないで。
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