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「その施設の中で、一番仲が良かったやつがいるんです。……仲が良かったっていうよりは、腐れ縁ですかね。同じ日に、同じ場所に捨てられてたんです。施設の正面玄関に。」
孤児ばかりが集められた施設でも、俺と万里みたいな組み合わせは珍しかった。施設の玄関に置き去りにさせる子供は多かったけれど、二人同時なんてめったにない。
「自分の名前も言えないような年齢だったから、海里と万里って名前もセットで付けられて、兄弟みたいにいつもセットで扱われていたんです。」
女はやはり頷きさえしない。ただ、じっと俺の背中を抱き、黙りこくっていた。
それでも俺の話を聞いていないとは思えなかった。なぜだか。
「誰かに話したら、万里を代わりにするって言われていました。……それが、怖かった。」
幼い頃の万里は、驚くほど繊細な子供だった。すぐに泣いたし、感受性が豊かで、その分精神的に不安定になりやすかった。
そんな万里が、毎晩の悪夢に耐えられるとは思えなかった。
きっと万里は死んでしまうと、俺は思い詰めていたのだ。
「そう。」
女がようやく口を開いた
「それ、これまで誰かに話した?」
話していない、と、俺は首を横に振った。
すると女は、静かな動作で俺の髪をなでた。
「そういう話が好きな女の子は多いだろうに、話さなかったのね。」
「はい。」
「あなた、よっぽどその施設のことが忘れがたいのね。」
「……はい。」
忘れがたい俺の故郷。
鼻について離れない女の匂いと夜の闇。
今の俺を構築している全て。
そう、悔しいけれど、今の俺はあの忌まわしい記憶で全身が構築されているのだ。
女を抱くとき、100%の確率で思い出される故郷。
そして俺の人生の殆どは、女を抱くことで構築されている。
うんざりだった。もう終わらせてしまいたいと思った。何もかもを。
俺は、もうずっと死にたいと思っていたのかもしれない。気が付かなかっただけで。もしくは、気が付かないふりをしていただけで。
死にたい。
女の耳元でささやくと、女は低く笑った。
「今更気がついたのね。」
軽い口調だった。死の対極にあるくらいの。
「でもあなた、死なないでしょう。バンリくんが生きてる限りは。」
俺は黙っていた。答える言葉が見つからなかった。
「バンリを殺して俺も死ぬ、って言えるくらい自分勝手なら、随分楽だったでしょうね。」
バンリを殺して俺も死ぬ。
考えたこともない台詞だった。俺は黙ったまま、女の乳房に額を埋めていた。
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