ナオミ

これまで入ったことのない飲み屋で、痛飲したことまでは記憶にある。

 そしていま俺は、見知らぬ部屋の見知らぬベッドで、見知らぬ女の白い背中を呆然と見つめている。

 誰だろうか、この背中の主は。麻美ではないことは、髪の色と長さで分かる。サクラではないことも。その二人以外の女の容姿と名前が俺に一致していない。かつて飼い主だった女かもしれないし、初対面の相手の部屋に転がり込んだのかもしれない。

 相手の見当が全くつかないまま、俺はそっと上半身を起こした。

 広い部屋だった。白と赤で統一され、モデルルームみたいに生活感がない。

 この部屋には見覚えがない。多分昨日の晩、俺は誰か見知らぬ女の部屋に転がり込んだのだろう。

 そこまで状況を把握し、素晴らしいまでの二日酔いに頭を抱えたとき、隣で寝ていた女が、ふと予備動作もなく身を起こした。

 「散々飲んでいたものね。二日酔いでしょう。」

 低い、きれいな声をしていた。振り向けば、裸の胸を隠そうともせずにベッドに座っているのは、やはり見たことのない女だった。

 若くはないが、自分の魅力をよく理解しているタイプの女だ。いくつになっても美人で通るだろう。

 「……すみません、俺、記憶がなくて。」

うねうね波打つ内臓と、がんがん痛む頭に辟易しながら最低な言葉を吐くと、女はくすくすと笑った。

 「でしょうね。昨日の夕方うちの店に転がり込んできたときはもうベロベロだったものね。」

 「……それで、俺、どうなったんですか?」

 「うちの店でも馬鹿みたいに飲んでたわよ。ラストまで飲み続けてカウンターで潰れていたから、連れて帰ってきてみたんだけど……。」

 「ありがとうございます……。」

 女は口元だけで微かに笑った。色のない、形の良い唇をしていた。

 「行く場所がないって泣いてたわよ。」

 「え?!」

 驚く俺に、女は笑みを深くする。そうすると、唇の端に浅い皺が寄った。

 「泣いたっていうのは嘘。……行く場所がないって言ってたのは、本当。」

 なんだ、と、俺は安堵で肩を落とした。

 すると女は、それがいつもの手でしょ、と軽い口調で俺を揶揄した。

 「あんたのこと、連れて帰りたがってる女の子が結構いたのよ。揉めると面倒だから私が連れて帰ってきたんだけど。」

 きれいな顔だものね、と、女は俺の頬を両手で包み込んだ。


 


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