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「サクラ、」
さすがにひどすぎる、まともに取り合ってやれよ、と言おうとした俺を、サクラはなにもかもお見通しの顔で、鼻で笑った。
「あんたはお優しいわね。だから麻美ちゃんなんかに引っかかるのよ。」
お優しい? なにがだ。異性を食い物にするカスどうしだと、サクラも俺も自覚はしあってるはずだ。
「俺は優しくなんかないよ。」
赤いショルダーバッグから取り出した、細い煙草に火をつけながら、サクラはまた笑う。こういうときのサクラは、ひどく老成して、誰よりも長く生きてるような雰囲気さえ発する。
俺の腕をつかんだままのバーテンが、囁くように言った。
「カイリさんは、優しいですよ。」
なんだそれは、と思う。自分の血を吸いに来た蚊に感謝でもしているみたいな彼の台詞。
俺は、ここにいたくないと思った。優しい優しいと言われていると、頭が混乱する。俺は優しくなんかないのに。自分勝手に異性を消費するクズでしかないのに。
「ここにいたくないのね。」
赤い唇に煙草を咥えたサクラが低く笑う。
「どこにいたって同じよ。あんたはお優しい自分からは逃げられない。」
サクラの言う優しい、は全然褒め言葉ではない。むしろ俺を非難しているのだ。それくらいは分かるけれど、どうしたらサクラの言う優しい、から抜け出せるのかがわからない。俺はいつでもサクラの言う通り、どこにいたって同じのくせに、自分自身から逃げようとしてきたから、なおさらだ。
「逃げさせてよ。」
俺は半ば無意識のまま、すがるようにサクラに訴えていた。
「逃げさせて。俺はここにはいられない。」
「逃げて、どこにいくつもり?」
「分からない。多分、女の家に。」
「また繰り返すのね、同じことを。」
「それは、サクラだって同じだろう。」
「そうね。同じね。でも私には、本命くんみたいに必死で探してくれる人はいないのよ。それだけで全く違うわ。」
逃げたければ逃げたらいいじゃない、と、サクラは煙草の火を黒いヒールのつま先で踏み消した。逃げたければ逃げたらいいじゃない。でも、逃げたところであなた自身はどうにも変わったり出来ない。
サクラの言葉は、どれも俺の胸に突き刺さった。以前女に刺されたときのほうが、まだ痛くなかったくらいに。
「行かないでください。」
バーテンが俺の腕を離さずに言った。
「行かないで。」
ごめん、と、俺はその手を振り払った。
ごめん。
繰り返しながら、サクラとバーテンに背を向ける。
そして、そのまま夜明けの街に終えは逃げ出していった。
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