俺がバーテンの部屋を出ようと決めたのは、それから一週間くらいがたった夜明け頃だった。

 仕事を終えて二階へ上がってきたバーテンは、いつもとは違う目をしていた。

 いつもならまっすぐに俺を見る、きれいな色の瞳が、その朝はぼやけたように色を掠れさせていた。

 「どうしたの?」

 ごろ寝していたベッドから身体を起こし、俺は彼の手を引いた。

 彼は無抵抗のままベッドの直ぐ側まで歩み寄り、しばらくの躊躇うような間の後、俺の肩にしがみついてきた。

 セックスやキスや抱擁や、性の匂いのする肉体的接触しかこれまで俺たちは持ったことがなかった。

 だから俺は驚き、彼の肩をそっと叩いて再度問いかけた。

 「どうしたの?」

 彼はなにも答えず、しばらく黙り込んでいたのだが、数分間の沈黙の後、ぽつりと呟いた。

 「嘘を、つきました。」

 「嘘?」

 それのなにが彼の目の色を変えさせているのかが、俺には分からなかった。これまで嘘ばかりついて生きてきたし、これからだってずっとそうやって生きていくつもりだからだろう。嘘をつくことのなにが彼を動揺させているのかが分からない。

 だから俺は、淡々と彼の肩をさすった。

 「そんなのどうってことないよ。」

 でも、と、バーテンは俺の胸の中で強く首を左右に振った。

 「でも、サクラさんはきっとカイリさんのことを心配して……!」

 「え、俺?」

 俺に関することならば、尚更彼にこんな目をする必要はない。

 俺は彼の頭を胸に抱きこみ、ちょっと笑った。

 「サクラが俺のことを訊いてきたんだとしたら、それはただの気まぐれだよ。本気で俺の心配をしているわけじゃないから。」

 「でも、俺は嘘をついたんです。あなたがどこにいるか知らないって……。俺、悪意のある嘘をついたんです。」

 「悪意?」

 なんのことだろう、と首を傾げると、彼は小さく頷き、苦しげに息を吸った。

 「サクラさんはあなたのことが好きだから……。」

 なにを言われているのか、一瞬理解も出来なかった。サクラが俺を好き? ありえない話だ、と俺は笑い飛ばした。

 「あいつのはただの好奇心。別に俺に好きも嫌いもそんな感情は持ってないよ。」

 そんなことない、と、バーテンは俺の背中に回した腕に力を込めた。

 この男は、本気でサクラが好きなのだな、と、俺は半ば感心してしまう。あの種の女と付き合ったらえらい目にあうことくらい、水商売歴もそこそこある彼がわからないはずがないのに。



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