降りしきる雨音を聞きながら、万里とカレーを食った。甘口のルーにさらに牛乳を入れて作る、超甘口のカレー。

 施設にいた頃、小さな子供でも食べられるように、カレーはいつも超甘口だった。万里は今でも、その頃の味を作る。彼にとってあの頃は、決して嫌な記憶ではないのだろう。

 「みんな、どうしてるかな。」

 ぽつりと万里は、そんなことまで言う。

 みんな。

 あの施設で一緒に育ったたくさんの子供たち。

 ひとり、またひとりと施設を出ていった彼ら、彼女らと、連絡を取りあったりしたことはなかった。兄弟みたいに育ったのに、それでもなぜか。

 「それなりにやってるよ。多分。」

 俺は曖昧に答え、甘いカレーを頬張る。

 部屋が狭すぎ、テーブルをいれるスペースがないので、飯を食うのは布団の上だ。3大欲求の全てをこの上で満たしているのだな、と思ったりするのだが、万里がこの部屋で女を抱いたことがあるのかどうか、俺は知らない。

 「今度行ってみようか。施設に。」

 何気ない口調で、万里が言う。

 「先生は今でも残ってるだろうし、懐かしいじゃん。」

 俺はカレーのスプーンを一瞬取り落としそうになりながらも、そうね、と応じた。何気ない口調を装って。

 懐かしいあの施設。

 冗談じゃない。

 その感情がどこからか伝わったんだろう。万里が悲しげに眉を寄せた。

 「海里は施設が嫌いだね。」

 そんなことないよ、と、俺は答える。

 そんなことない。あの、女の匂いを教え込まれた俺の故郷。

 嫌い。

 その一言では、俺の感情は表しきれない。

 確かに恨んだし、確かに恐れた。それでも、俺はあの場所を嫌いだとは言いきれない。

 狭い個室に押し込まれた二段ベッド。段差と雨漏りだらけの廊下やホール。薄暗い蛍光灯に、常に響いていた子どもたちの声。

 嫌いだと言い切れたら、どんなに楽だろう。

 行ってみようよ、と万里が言い、そうだね、俺が応じる。

 何度か繰り返されたやり取りだ。そうだね、と俺が応じたところで、万里は俺を無理に施設に里帰りさせはしない。

 多分、万里も俺の感情に気がついている。俺の身に起こったこと自体には気がついていないとしても。

 甘口のカレーを食い終わり、キッチンに皿を置きに行く。

 布団の上に戻り、座り直すともう、万里は施設の話をしなかった。

 察しが良いな、と思う。俺がもうあの頃を思い出したくないことをちゃんと理解している。

 黙ったまま二人で、深夜の映画を見た。

 セックスをしない相手の家で過ごすのは久しぶりすぎて、なにをしたらいいのかよく分からなかった。

 布団に転がり、足元のテレビを見ていた万里が、やがて小さな寝息を立て始める。俺は小柄なその体に布団をかけてやり、テレビと電気を消した

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