3
半端な優しさ。
身に覚えのない俺は、とりあえず曖昧に笑う。
するとサクラはさらに眉を寄せ、大げさにため息を付いて見せた。
「気がついてないのね。本当に、救いようがないバカ。」
たしかに俺はバカだけど、そんなに救いようがないほどだろうか。
今度万里にも訊いてみよう。そう思って一人頷いていると、サクラが寄せていた眉をほどき、バンリくんのこと考えてるのね、と微笑んだ。
俺が万里の話をしたり、万里のことを考えていたりすると、サクラはいつもこういう顔をする。うんと小さな子供でも見るような優しい目。
「なんで分かんの?」
「私にはなんでも分かるのよ。」
笑ったままの唇で、サクラが煙草を咥える。
大体いつもサクラに思考を読まれている俺としては、それ以上なにも言いようがない。咥え煙草のサクラの横顔を見つめるだけだ。
サクラには煙草が似合った。まだハタチを幾つも越していないだろうに、煙草を大人ぶるための小道具にするような、そんな未熟さが彼女にはない。ただ吸いたくて吸っているのよ、と言いたげな横顔は、俺よりもずっと長く生きているのだと言われたら納得してしまいそうな、そんな老成さえ感じさせる。俺も、サクラの年齢を正確に知っているわけではないけれど。
サクラの目の前のグラスが空になり、バーテンがすかさず二杯目のジンライムをコースターに乗せた。
ありがとう、と、サクラが唇の端に煙草を引っ掛けたまま笑う。
俺は、こいつがサクラと寝たのか、と、ちょっと感慨深くバーテンを観察してしまう。
態度や表情からしてみても、軽い女とサクラを見くびっているわけではないのだろうから、もしかしたら本気なのかもしれない。ただ、この店でサクラを見てどんな女か把握した上で、本気になって寝るほど、このバーテンはバカではなさそうなのだ。
バーテンがカウンターを離れてテーブル席の方へ移動したタイミングで、俺はサクラに顎をしゃくる。
「あのバーテンは?」
するとサクラは、ちょっと肩を縮めるような動作でおどけてみせた。
「ちょっと失敗。」
「らしくないな。」
「先週、土砂降りの日があったでしょ?」
「あったかな。」
「帰るのが面倒になっちゃって。あの子、ここの二階に住み込みなのよ。」
らしくないな、と、俺は思わず繰り返す。そんな軽いノリで、サクラが男と寝るとは思えなかった。サクラにとって、セックスは商売道具だ。安売りして価値を下げるような女ではないはずだと。
するとサクラは、また俺の思考を読んだのか、ジンライムのグラスに浮かんだライムを白い指先でつつきながら、たまにはね、と、呟いた。
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