「あんたの本命くんは元気なの?」

 本命くん。

 妙な呼び方をするな、と、俺は眉をひそめた。

 サクラが俺の本命だと言い張っているのは、万里という5つ年下の男だ。同じ児童養護施設で育った、半ば兄弟みたいなやつ。本命もクソもない、ただの腐れ縁だ。名前だって、同じ日に捨てられたから、セットで海里と万里とつけられた。今更恋情なんかと結びつくはずもないやつ。 

 それでもサクラは、バンリくんはカイリの本命、と言い続ける。多分、退屈だからだろう。

 「元気だよ。大学院の春休みが終わって、またバイトと学校で忙しいらしい。」

 「そう。カイリの本命は本当にいい子ね。」

 いい子。

 サクラのほうが、万里よりいくつか歳は下なのに、彼女はいつもそういう言い方をする。たしかに、世間ずれの仕方と言うか、やさぐれ方と言うかを考えると、サクラのほうが万里よりずっと上には見える。

 施設を出てから奨学金で大学に行き、大学院までバイト代でまかなって学問している万里は、俺やサクラとは人種が違うのだろう。

 俺は高校さえ行かずに中学を出てすぐに施設を飛び出し、今の生活にぐずぐずともつれ込んでもう10年以上が経つ。

 サクラの出自は知らないが、俺と似たようなものなのだろうな、とは、言葉の端々で感じられる。

 家族はいない。集団生活が嫌い。まともに働けない。異性を食って金にするのだけが得意。

 そんな、どうしようもないプロフィール。

 フィルターぎりぎりまで吸った煙草を灰皿に押し付けながら、サクラがちょっと唇を笑わせる。

 「本命くんがいること、麻美ちゃんには隠しときなさいよ。ああいう子はね、怖いわよ。包丁とか持ち出すタイプよ。」

 俺は思わず苦笑しながら、2本めの煙草に火を付ける。

 本命云々は別として、麻美が包丁を持ち出すタイプだという見立ては、俺の感覚とぴたりと合っていた。こんなことをこんな場面で言いたくもないが、サクラと俺は、こういうときだけいつも気が合う。

 「刃物は隠しとくよ。」

 「そうしなさい。」

 「寝てる間にやられたら今度こそ死ぬ。」

 「あのときだって、やばいタイプだって分かってたくせに。」

 「……どうだっけな。」

 「あんた、優しすぎるのよ。」

 「優しい? 俺が?」

 「わざわざ刺されてあげるなんて、バカみたい。」

 わざわざ刺されてあげる? 

 俺はサクラの目を見て肩をすくめた。

 確かに何年か前、麻美みたいなタイプの女に刺されたことはあるが、わざわざ刺されてやった覚えはない。完全に寝込みを襲われたのだ。

 サクラは俺の目を見返し、ぎゅっと眉を寄せ、呆れた、という表情を作った。

 「あんたみたいなタイプ、そのうちほんとに女に殺されるから。半端な優しさなんて、ない方がましよ。」



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