第四十九章「私も生きたいという炎」

 ◇◇◇


 極大暗黒火炎の奔流ほんりゅうと「時の盾」の光が攻めぎ合い、時空を振動させる中。

 神様・のどかが述懐する。


愛姫子あきこさんは消えてしまうし、大震災は起こる。それは、変えられない。なかったことには、できない。それでも、どこかで生きていてほしいと、願ってしまう。願いまでは、なかったことには、できない。だから、これは私の願い。空想」


 でもね。と、神様・和は続けた。


「たとえ膝を抱えて哀しみにくれて夜を過ごすのが現実ってやつなのだとしても。私は、空想ねがいまでは、奪われたくない。だから!」


 神様・和が叫ぶ。


「大城流裏鬼道きどう・次元陣・ちゅうの型──」


 それは、召喚術だった。

 彼方より、声が聴こえてくる。


──うんうん。私も、愛姫子が大好きなんだ。


 神様・和はソラにらんだ。この乱れた時空でも、彼女が信じる大事なものを見逃すまいとするように。

 絶叫は、稲妻のように木霊した。


「──召喚! 『天球音楽隊』」


 広がる光と呼応するように、彼方より呼び出されるシルエット

 由々よしよしと愛姫子とヒーリアの眼前に、幻めいた三人の人のかたちが現れた。

 愛姫子が叫んだ。


「お母さん!」


 愛姫子が彼女を母と呼んだことに、もう由々も疑念はない。

 父が剣士オボロだったのだ。愛姫子の父の名前が剛史たけふみで、賢者タケフミと一致している。だとするならば、残るマーメイヤという名のリルドブリケを救った女性の正体は自明だ。愛姫子の母・麗良れいらである。

 由々は、神様・和の召喚術によって現れた、こちらに背を向けている三人の人のかたちに向かって叫んだ。


「麗良さん、お父さん、剛史さん!」


 彼・彼女たちのこの異世界・リルドブリケ島での名前は──

 心の中で言い直す。


(マーメイヤさん、オボロ、タケフミ!)


 現れた『天球音楽隊』が、背を向けたまま言葉を届ける。


「私たち、残留思念みたいなものだから、あんまり何にもできないけど。でも、理屈を全部ぶっとばして一瞬だけ暗黒火炎を吹き飛ばすから、その一瞬で、お願い」


 麗良が言った。

 続いて、由々の父が言った。


「第三奥義は最速の剣。神速の三段抜刀術だ。己が定めし魔を討ち。己が信じた愛を守れ」


 愛姫子を殺そうとした父だった。

 その言葉だけを由々に伝えて、消えてゆく。

 続いて、剛史が言った。


「ヒーリア、君が僕に一番近い。君の経験した過酷が、力に変わる時が必ずくるから。自分を信じて」


 タケフミの言葉を聞いたヒーリアが、また銀の髪を乱す。


「『制限条項』、レベル5までの解除を確認。そういう、ことか!」


 タケフミも、ヒーリアに言葉を伝えると消えていった。

 ヒーリアがえる。


雪人ゆきひと、いえ、由々君。私たちは必ず勝ちます。私が守ります。だから、全力で奥義を!」


 最後に、麗良だけが残った。


「お母さん、私は何なの? 『十万億土の大魔』は、あの時私を狙っていた!」

「あなたが何でも、この宇宙の何処かには、あなたのことを大切だって思ってる人がいる。それを、忘れないで!」


 マーメイヤ/麗良が、原色のプロト・七色プリズム・の杖ロッドを振るうと、水色の波動が波打ち、極大暗黒火炎をかき消した。

 その時間は、まさに刹那の時だった。

 麗良が消えた瞬間。

 暗黒の炎が0.1秒だけ消えた瞬間。

 二つの流星が炎獄えんごくに飛び込んだ。一つ目の流星は、由々だ。


「大城一刀流自在剣・第三奥義・紅光こうこう雪月花せつげっか!」


 それは、抜刀術──居合を起点に始まる三段構えの連続斬撃だった。

 神速で氷炎女王へと接近する最中、よろずが熱い炎をまとうのを感じた。


(愛姫子が、火炎魔法剣をかけてくれたんだ)


 氷炎女王への一刀目。


せつ!」


 鞘から炎を吹き出しながら繰り出される、超速の居合い抜き。

 僅かに首の皮一枚のところで、氷炎女王がバックスウェーでかわす。


(逃がさない)


 二撃目は左手に持ったさやでの打撃。


げつ!」


 一刀目の抜刀の運動力のまま体を旋回して、そのまま逆手に持った鞘で攻撃を繰り出す。

 打撃は、氷炎女王の石仮面をかすり、石の表面を炎で焦がす。

 三刀目。


!」


 さらに旋回を加速しての、もう一周しての右手の萬による、体を宙に投げ出しながらの最後の一閃。

 下から上方に斬り上げた一刀は石仮面を斜めに走り、大きく亀裂を入れる。

 三連続の斬撃は氷炎女王を後退させ、ダメージも与えたが、行動を無力化するほどの決定打にはなっていない。

 これまでだったら、ここで再び戦いは仕切り直しになるところだった。

 しかし、運命に立ち向かうために敢然と前進した流星は二つあった。

 流星の二つ目は、愛姫子だ。

 母、麗良が杖をふるい、目の前に炎の嵐のなぎが現れた時。

 由々が飛び込むのを感じて、即座に炎の魔法を由々が持つ萬にかけた。

 あとは、由々に任せるというのも選択肢の一つであっただろう。

 しかしその時、愛姫子の中に燃え盛る感情があった。

 由々が炎の石板を取り戻してくれるまではなかった感情だ。炎の属性と和解するまで、愛姫子が忘れていた強い心のかたちだ。

 それは、怒り。


(私だって、生きたいんだっ!)


 愛姫子は、踏み出していた。

 踏み込むことで、また失うことになっても。


──もうイイ。関係ない。


(戦うんだ。私も。誰のためでもない。大切な自分自身の命のために。よしちゃんと一緒に!)


 愛姫子の想いに、ヒーリアが行動を重ねた。

 ヒーリアが風の魔法で愛姫子の背中を押して、由々の第三奥義の超加速に勝るとも劣らない超速での愛姫子の突撃チャージを可能にしたのだ。

 由々の三刀目が氷炎女王の石仮面を斬り上げたタイミングで、愛姫子も氷炎女王の眼前に接近した。


(そういえば、お母さんが言ってた。「ロックに生きろ」って!)


 愛姫子の「人魚のマーメイド・天眼サファイア」が、こうと燃える。

 刹那、氷炎女王と目が合う。

 女の怨念と、女の怒りが交差する。


「厄災の女がっ!」

「し、る、かーっ!」


 愛姫子は、勢いよく七色プリズム・の杖ロッドを氷炎女王の石仮面に振り下ろした。

 圧倒的な物理攻撃。

 由々の三連続攻撃で弱体化していた氷炎女王の石仮面は、粉々に砕け散った。

 周囲に、空間を歪ませるほどの波動が拡散する。

 空間の鳴動が収まると、由々と愛姫子の眼前には、額から血を流した氷炎女王が立っていた。


「マーメイヤ様! マーメイヤ様! どうして!」


 狂ったように、唸り声を上げている。

 石仮面が砕けて全てを晒した氷炎女王の素顔を見て、由々と愛姫子は困惑する。

 銀色の髪を後ろに雑然と流している。その点は、金色の髪で変則ツインテールにまとめている愛姫子と違う。

 しかし、その髪における金と銀という違いだけを除けば。


──氷炎女王は、愛姫子と同じ顔をしていた。


 銀色の髪をした愛姫子が、ぎっと由々を睨みつける。


「見たな。貴様。貴様、名を名乗れ」


 律儀に答えることはないのだが、由々は愛する人と同じ顔であるという一点に敬意を表した。


大城おおしろ由々だ」

「覚えたぞ、大城由々。殺す。貴様、必ず殺してやる」


 そう言葉を残すと背後にホールが現れ、氷炎女王はその暗黒の中へと消えていった。おそらく、イストリア山の頂上にある己の居城へと、撤退したのだ。


「あれは、愛姫子なのか?」


 由々が、傍にいた神様・和に尋ねる?


「あいつは、愛姫子さんなんかじゃ、ないよ」


 神様・和は、苦しげに応えた。


「『次元の狭間』が崩壊します!」


 ヒーリアの声が場に響く。

 氷炎女王が立ち去ったからだろうか。この不思議な空間にもヒビが入り、世界はバラバラと崩れ始めていた。


(完全に、氷炎女王に宣戦布告してしまった)


 崩れ去っていく、さいの河原の石塔を眺めながら、由々は思う。

 もし氷炎女王が成そうとしていることの方が正しいのなら、このリルドブリケ島という世界は、由々と愛姫子を許さないだろう。

 それでも、由々は自分の真ん中にある大事なものを譲ることができなかった。

「次元の狭間」の風を受けながら、由々はそっとヒーリアが三人を結んでくれていた「アリアドネの糸」をたぐり寄せた。

 独りでは背負えない十字架を背負ったかもしれない今だから。

 どんなに儚いものだとしても、三人を結びつけるほだしである柔らかな糸の感触が、今は愛しい。

 由々は、静かに大事な二人に告げた。


「愛姫子、ヒーリア。帰ろう」


 /第八部「氷炎女王との戦い」・完


 エピローグへ続く

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