第四十八章「死んだ方がイイと思っていた私に大好きな男子がかけてくれた言葉」

 ◇◇◇


「貴様、絶対に後悔するぞ」


(だよねー)


 神様・のどかの降臨で由々よしよしとヒーリアが動き始める中、愛姫子あきこの心は止まっていた。


──ああ。分かってしまった。私は、ここで終わった方がいい。


 あの日、「十万億土の大魔」は愛姫子を狙っていた。


(私は魔に求められ、温かな日常からは疎んじられる存在だということでしょう)


 精一杯の、作り笑い。もう最後なら、せめて笑顔のじぶんがみんなの記憶に残ってほしい。


──大魔との戦いの時に感じた違和感と、そろそろちゃんと向き合わなければならない時がきた。


(知ってた。よしちゃんも和も、私が世界に害をなすようなら、殺せるように準備してたんだよね? 監視してたんだ。この関係が全部嘘だって知ってても、私、由ちゃんのことも和のことも好きすぎて、曖昧なまま笑って生きてきた)


 止まってる世界。雪すら降らない。自分は無意味っていう、絶望。


(それも、終わりだね。私、生まれてこなかった方がよかったんだもんね。私も、誰にも迷惑、かけたくないんだ)


 愛姫子が自分自身の存在を、無色にしてしまおう。

 そう思った時だった。

 男は、肩より上に上がらなくなった左腕で、ギュっと刀のさやを握りしめたまま言った。


「全然、違うな。僕は、この世界に愛姫子がいてくれたことに、感謝している」


 由々の言葉が、雪のように愛姫子の止まった世界に降り始める。


「裏切りたくないんだ。僕と愛姫子と●がこの世界にきた理由を」


 言葉はしんしんと降り積もって、報われないまま消えてしまった誰かの心を、愛姫子の心を癒していく。


「この異世界の空をだいだい色の鳥の群れが飛んでいるのを見上げて、愛姫子は優しく目を細めた。空想も現実も分け隔てなく、世界が映す美しいものを喜びとして受け取ることができるヒトなんだなって。何だか愛しかった」


「次元の狭間」という全ての存在があやふやになってしまいそうな空間で、それだけは確かなものであるかというように。由々は言葉を積み上げていく。


「ネガティブになりがちな和が、愛姫子に手伝って貰ってお風呂に入ってくると心も体も少しだけ温かくなってる。不器用に生きて。時々だけ湧き上がってくる陽気さを僕達と分け合ってくれて、とても感謝している」


 音と意味が結びついて、言葉は心にいろどりを加えていく。


「大魔と戦った時に、愛姫子は死ぬ気だった僕のところに飛び込んできて手を差し伸べてくれた。愛姫子はあの日のことを気にやんでいるけれど。一族の使命としては世界のために捨て身にならないといけないって分かっていたのに、そんな僕でも大切だって思ってくれているヒトがいるんだって。嬉しかった」


 雪のように降り積もる言葉は、愛姫子の内側の宇宙のに溶けて、新たな感情いのちを生み出していく。


「僕は、愛姫子が大好きだ。愛姫子と一緒なら、この世界は楽しいものだと思えてくる」


 由々の言葉で火が灯された感情いのちは、愛姫子の魂に響きながら大きくなっていく。


「大好きな人には、消えてほしくない」


──いつか、三人で雪景色の街を歩いた。寒空の下、私たちの体の真ん中はなんだかあったかくて、元はひとまとまりだったみたいで。ずっと、この時間が続けばいいのにって思った。


愛してる・・・・人には、いなくなってほしくない。そんなの、当たり前だ!」


 愛姫子の「人魚のマーメイド・天眼サファイア」から、美しい涙が零れた。

 由々の言葉に撃ち抜かれて、生まれた直後のような、この時が死ぬ間際のような、愛姫子は静かで力強い魂の震えを自覚した。

 由々が、敵対ひょうえんじょおうに向かって、キッパリと言い切った。


「愛する人を守るのは、当たり前だ!」


──その時、純粋な想いが時空を超えて重なった。

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