第四十六章「愛姫子の正体」

 絶望的な状況だ。

 氷炎女王の攻撃は一つ一つが極大の威力の上に、時間停止をも伴う、実質の回避不可能攻撃なのだ。


「私の方法の方が優れている」


 氷炎女王が自分に陶酔するように言葉を紡いだ。


「あなたの方法って?」


 愛姫子あきこの問いに、氷炎女王は敢然と答える。


「みんなで闇に堕ちれば、あまねく『大海衝だいかいしょう』から助かる」

「ごめん。あなたのこと、信じられない!」


 愛姫子の感情の発露を捉えて、同じようにこの空間に巻き込まれていた炎の妖精・ベイベイがニっと笑って言葉を発する。


「嬢ちゃん。俺は帰るタイミングみたいだ。アンタ、守られて可能性を付け足されたんだ。その時が来たら、思い切っていきなよ」


 ベイベイはそう述べると、水の妖精・ウェンディゴン、風の妖精フーリンゲンと同じように、淡い光を放ちながら世界に溶けるように消えていった。

 愛姫子は心の中で短く感謝の念をベイベイに送ると、七色プリズム・の杖ロッドに体重をかけて地面に突き立てた。

 今こそ、ようやく自分と調和した炎の魔法を展開する時なのだ。


「フレイデル・アルガルド・フォーセウス!」


 愛姫子の七色プリズム・の杖ロッドから炎が吹き出し、由々よしよし、愛姫子、ヒーリアを凍らせていた氷の拘束を溶かす。

 すると、愛姫子の行動の勢いを止めるように氷炎女王が冷たくつぶやいた。


「──イカリノホノオガ、キエナイ」


 蜘蛛の魔獣を火炎蜘蛛の魔獣へと変え、白翼ホワイト・ドラゴン暗黒ブラック・ドラゴンへと変えた、例の言葉と黒い光だ。

 それを、氷炎女王自身が発し、自分自身へとまとったのだ。

 すると、氷炎女王の左腕から生成された暗黒火炎が、先ほどとは比べ物にならないほどのエネルギーに膨れ上がった。


「ドラゴンの大火炎ブレスの、数千倍の火力です。私たちの世界の、太陽の熱のような」


 ヒーリアが分析を述べる語り口に、突破口があるような希望は感じられない。

 氷炎女王は時を止められるのだ、これから放たれる極大暗黒火炎を、由々たちは回避することができない。


「どうして、愛姫子を?」


 苦悶の表情で由々は氷炎女王に問いかけた。

 氷炎女王の攻撃が、愛姫子に集中している。つまり、「この島に滅びをもたらす者」とは、具体的には愛姫子一人を指している可能性が高い。


「お前も時の果てで見たのであろう? 『厄災』が起こった、己の世界を」


 由々の呼吸が止まる。


「『大海衝だいかいしょう』は、わらわの方法で何とかなる。だが、その女は別だ。大災害は、読めない。世界そのものを揺らがせる存在は、危険過ぎる。妾は、この島の真なる統治者として、見過ごせぬ。この女は、殺さねばならぬ」


 愛姫子が、何だって?


──大災害、だって?


 由々の背中に冷たい汗が流れている。


──どうして、大災害が起こった未来の世界には、愛姫子がいなかったんだ?


 刀を握る手に、力が入らない。


(どこかで、僕自身も気づいていたはずだ)


 だから、愛姫子が「十万億土の大魔」じゃなかったんだと安心したはずなのに、彼女を殺すための剣を磨くことをやめなかった。


(やっぱり、僕が守ろうとしている人は。僕が愛している人は。愛姫子は)


──愛姫子こそが、大災害なんだ。


 由々がこれまで生きてきた人生が。愛姫子について考え続けてきた時間が、今、新たな視点をきっかけに高速で思考を働かせ、一つの推論を組み上げた。

 推定されるのはこうだ。

 愛姫子はどこかのタイミングで大災害へとその身を変えて、その世界の沢山の生命を奪う。大災害へと変わったが最後、起点となる「この愛姫子」は消えてしまう。


──なんて、業を背負った生命いのちなんだ。


(僕たちの方が、罪人だったんだ)


 愛姫子は、いずれ大災害へと姿を変えてたくさんの命を奪う。そういう生き物だとするならば。


(神様になったのどかは、歴史を「現実歴」と「空想歴」に分岐させると言っていたけど。愛姫子を連れて行ってしまったら、「空想歴」でも大災害が起こるんじゃないのか?)


 あるいは、他の異世界へと逃げればいいのか? しかしその世界でも、大災害が起こってしまう。


(愛姫子を連れている限り、宇宙の何処にも居場所がない)


 どうにもならない。いい手が浮かばない。破滅は起こる。生まれたらいつか死ぬように。創造されたものには、破滅が訪れる。


(だったら僕は、どうして、愛姫子を)


 迷い。

 氷炎女王に負けてはいけないのに。戦わなくてはならないのに。心が、保てない。

 由々の慟哭どうこく嘲笑あざわらうかのように、一切の容赦無く氷炎女王の極大暗黒火炎は放たれた。

 これで、世界に大災害をもたらす愛姫子と、それを守ろうとした由々とヒーリアという「悪」は消滅し、世界は救われるとでもいうように。

 その炎は、世界を救うという意志の具現だ。

 氷炎女王が放った極大暗黒火炎は、迷いなく由々たちを焼き尽くそうと迫ってきていた。

 抗わなくてはならないのに、由々は刀を握る拳に力を込めることができない。

 どこかで、「悪」である自分たちはここで死ぬべきなのではないだろうかという、弱い心が由々の内面を支配している。

 弱き心を持った者が、強い心を持った者の攻撃で淘汰されるのは世界の摂理のように思われた。

 その摂理を前にしてなお。


──しかし、炎は由々に、愛姫子に、ヒーリアに、届くことはなかった。


 光だ。

 光の柱が、由々たち三人を守るように立ち塞がっていた。

 極大暗黒火炎の火力エネルギーも、氷炎女王の時属性の時間停止も無視して、ただ由々たちを守るように、光の柱は悠然と立っていた。

 光の柱──「時の盾」を発生させている人影は、背中を向けていたが、やがて静かに振り向いて由々に声をかけた。


「どうにもならないことぐらいで。心折るなよ、人間」


 黒いドレスが、極大暗黒火炎が巻き起こしている風を受けながら棚引いている。

 神秘を携えた双眸そうぼうで、凛と由々と愛姫子を見つめるこの少女は。


「お兄ちゃん。私は、どうにもならないことをどうにかしたくて、神様にまでなったんだ」


 この冒険の始まりの時、由々が「狭間の城」で出会った、神様になった和だった。

 神様・和は儚げな表情で、由々に問いかけた。


「約束、覚えてる?」

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