第八部「氷炎女王との戦い」

第四十四章「激闘の始まり」

 愛姫子あきこがベッドから起き上がった。

 自分の足で立つことができる。顔の血色も良好。よかった、本当に元気になったようだ。

 由々よしよしが、安堵の念を抱きかけた時だった。

 張り詰めた声が、場に響いた。


「ちょっと、気を抜かないで頂けますか」


 声の主はヒーリアで、厳しい表情で虚空の一点を見つめている。


「時空の通路を長い時間開いていたから、隙を突かれたかもしれない。『辿られる』」


 ヒーリアは万能のシルフレッド風の型・スターから糸を展開すると、由々を時空の迷宮で導いた「アリアドネの糸」を三人の親指に結んで、三人がバラバラにならないように繋いだ。

 由々がよろずさやを握り、愛姫子が立てかけてあった七色プリズム・の杖ロッドを手にした時だった。

 三人がいたコルピオーネの宿という空間に亀裂が入り、砂嵐のような灰色のノイズが出現し始めた。

 やがて亀裂は無数のヒビを世界に入れて、ノイズは奔流となって吹き荒れる。

 さながら嵐のように力を高めて、由々たちがいる空間を巻き込んでいく。


「これは、時空風! 気をつけて。相手も『時』属性を持っています」


 ヒーリアが声を上げた瞬間だった。ノイズの嵐は暴力的にコルピオーネの宿という世界を壊し、由々たちを取り巻いていた全てを暗転させた。


 ◇◇◇


 次に気がつくと、由々、愛姫子、ヒーリアの三人は、川岸にいた。

 川は由々と愛姫子の故郷「S市」の一級河川ほどの大きさで、流れは緩やかだ。

 ただ、由々たちが降り立った河川敷は広く小粒から大粒まで様々なバリエーションの石がき詰められていて、所々に石が積まれた石塔が散見される。


「まるで、さいの河原みたいだね」

「死んじゃった時にくるっていう?」

「ここ、『次元の狭間』です。目に見える風景に惑わされないで」


 由々と愛姫子の言動に、ヒーリアが次元を扱う召喚士として説明を述べる。

 三人がいた場所をてつく波動が駆け抜けたのはその時だった。


「ヤバいぜ」


 その身を大きく広げて冷たい光波から守ってくれた、炎の妖精・ベイベイが波動がやってきた方向を見やって呟く。

 不穏な空間の中心に、ソレはいた。

 三人との距離は、100メートルほど。

 由々たちに背を向けて立っていた、その存在がこちらへと振り返った。

 白い軍服ワンピースに覆われた体のかたちは柔らかで女性的だ。

 しかし、顔は白亜の石の仮面に覆われているため、男女の判別はし難い。仮面の後部に白銀の長い髪を流している。

 肩から胸までの上衣は、左半分が紅蓮の炎を連想させる赤で、右半分が怜悧れいりな氷を想起させる青である。


「何者だ!」


 由々の語調が緊迫したものなのは、既に相手からこちらに向かって殺気が放たれているからだ。


わらわに名を尋ねるか」


 澄んだ声色で、高いトーンの声。やはり女性と思われる「仮面の者」は名乗った。


「妾は、氷炎女王。リルドブリケ島の統治者である。リルドブリケに害なすものを、排除する者である」

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