第四十三章【未来編】「助け合って生きていく」

 ◇◇◇



「うぉう」


 由々よしよしは、板張りの床へと放り出されて手をついた。

 体への衝撃を減じるように、前受け身をとる。

 向こうの未来世界でのどかが作ってくれた穴に飛び込んでから、体感としては一瞬の出来事だった。

 体は、通常の大きさの由々に戻っている。

 上体を起こして片膝立ちになり顔を上げると、見知った銀髪の少女の顔が目に入ってきた。


「ヒーリア」


 由々が困惑の表情を浮かべていたからだろう。ヒーリアが状況を解説してくれる。


「たった今、愛姫子あきこさんの『人魚のマーメイド・天眼サファイア』から、飛び出してきたんですよ。それから、みょーんと元の大きさの由々君に戻ったんです」

「時間は、どれくらい経っている?」

「三時間くらいです」

「後で、説明するけど、まずは愛姫子だ」


 由々は、確かに抱えていた向こうの世界で手に入れた炎の石板を、七色プリズム・の杖ロッドに向かってかざした。

 すると、目の前の空間に小さな人魂が現れ、青白い炎をゆらめかせた。

 炎は緩やかに変形すると、人型の妖精へと姿を変えた。髪を燃えるように逆立てている。気合が入ってる感じの風貌ふうぼうである。


「俺はベイベイ。へぇ、この子に炎は合わないのかもと思ったけれど。調整したんだ」

「なかなか、大変な旅だったけどね。どう? 愛姫子の心身は、『調和』しそう?」

「ああ。これなら、炎という激しい属性とも、折り合いをつけていけるだろうぜ」


 ベイベイが述懐すると、炎の石板は七色プリズム・の杖ロッドに吸い込まれていった。

 すると、ベッドの上で眠っていた愛姫子の体がスッと軽くなったのが、離れていても感じられた。

 由々が、そっと愛姫子の額にてのひらを置いてみる。


「熱、下がってる」


 程なくして、愛姫子はゆっくりと瞳を開いた。


よし、ちゃん?」


 由々は胸を撫で下ろす。


「愛姫子、よかった」


 ボヤけていた瞳の焦点が徐々に定まっていく。さながら愛姫子自身の体が、「世界」とのズレを調整しているかのようだ。

 愛姫子は体が落ち着くと、申し訳なさそうな声色で零した。


「私、また、心配かけちゃってたよね?」


 確かに心配したけれど。今、ここにこうして愛姫子がいてくれることの方が嬉しい。あの世界には、愛姫子はもういなかったのだから。


「心配かけたり、かけられたりだよ。でも、お互い様だ。だって僕たちは」

「僕たちは?」


(僕たちは、何だろう?)


 言葉は、ヒーリアが継いでくれた。


「『なかよし』ですよ。私たちは『なかよし』ですから。助け合って生きていくんです」


 愛姫子がベッドから上体を起こす。

 よかった。まるで何でもなかったかのように、体の中心に元気が感じられる。


「愛姫子」

「由ちゃん」


 父への気持ちに決着をつけて。


──もうすぐ、キミに「好きだ」と伝えることになる。


 近い未来に訪れる、二人の関係を大きく変えることになる言葉に想いを馳せながら。

 由々は、静かに安堵の念で深く息を吐き出すのだった。


 /第七部【未来編】「たとえ全てが終わっているのだとしても、僕はキミを●してる・下」・完


 第八部へ続く

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