第四十一章【未来編】「告白できなかった理由」

 ◇◇◇


 由々よしよしたこを祀っている神社へと辿り着くと、鳥居の下で、一人の女性が由々を待っていた。

 女性は、車椅子に座っている。

 由々はハッとする。

 女性は、黒いセミロングの髪が肩のあたりまで伸ばして揃えられている。

 清潔感がある白いシャツの上に、セットアップのフォーマルな雰囲気の衣服をまとっている。

 思慮深さを携えて。何かを見通しているような涼しげな瞳に、懐かしさを覚える。


のどか、か?」


 大人びた、佇まい。

「狭間の城」で出会った神様になった和とも、「分岐の日」まで一緒だった和とも違う、現実世界で体が不自由なまま時を過ごした、和。

 ここが2016年であることから計算すると、二十歳の和ということになる。この由々よりも、年上の和だ。


「お兄ちゃん。懐かしい、は変なのかな。でも、ずっといたかった」


 この世界にも、ずっと大人・由々はいたはずであるが。そういうことではないのであろう。


(この未熟で。でも愛姫子あきこを愛してる僕に逢いたかったという意味だ)


「さっきまで、私、愛姫子さんのことを忘れていた。ただただ、現実の中で繰り返される毎日を生きていた。仕事終わりに、帰宅の準備をしていた時に、本当に『フと』だよ。思い出したんだ」

「たぶん、その思い出した時に、僕がこの世界に来たんだ」

「急に、忘れていた能力も戻って次元の歪みを感じたから。この神社に来たの。お兄ちゃん、戦いはまだ続いているの?」


 由々は頷いた。


「愛姫子を、守りたいと思ってる」

「そう。そうだよね。お兄ちゃんはそういう人だった。私、あんなにも大事だったことを、気づかないうちに忘れたまま過ごしていたなんて、ちょっと怖い」


 どこで働いているんだ? 身体は大丈夫か? 恋人はできたのか?

 尋ねたいことはあるが、問うための言葉を飲み込む。どんなに事情を知っても、由々は決定的にこの和には寄り添えない。由々は愛姫子の元へ戻る。そして、もし異世界の旅を全て終えることができたとして、この由々が帰るところは、「あっちの和」の元だから。


(それでも)


 この奇跡的に交差した、至らないこの由々と、現実で大人になった和との運命。不思議な夢となって消えるような時間で、伝えておかなくてはならないことがある。


「和、ごめんなさい」

「どうして、謝るの?」


 大人・由々に指摘された件だ。この由々の、ずるさについてだ。


「僕は、愛姫子に告白できないことを。どこかで、和のせいじゃないかと思おうとしていた。それを多分、君は敏感に感じ取っていた。そんなんじゃなかったのに。告白できないのは、僕に勇気がないだけで。それなのに、僕は君の可能性を制限するようなまなざしで君を見ていた」

「はは。愛姫子さんに、まだ告白できてないんですね」


 和が、車椅子の車輪を手で動かして自走して、近づいてくる。

 和は、お互いの心臓の鼓動が聞こえてきそうな距離まで由々に近づくと、優しく言葉を伝えた。


「ひどい人ですよ。私のせいにして誤魔化して、壁の中に閉じこもって」


 至近距離で、瞳と瞳で見つめ合う。

 この二人はお互いがお互いにとって「ホンモノ」ではなくて、過ごした時空も違っていて。

 それでも、同じ両親から生まれた兄妹だからこそ、知っていることがある。気づいていることがある。


「お兄ちゃんが、愛姫子さんに告白できないのは、お父さんのこと・・・・・・・ですね?」


 由々の右目に縦に淡く入った線。古傷がうずく。

 やはり、和は気づいていた。

 由々本人も気づいていなかった。由々の心の奥の痛みに。

 この和は、由々よりも大人だから? 由々は、和の前で涙を流していた。

 胸に刺さり続けている、とげの話だ。

 ずっと、壁の中に閉じ込められている話だ。


「お父さんが、愛姫子を殺そうとしたんだ。世界を救うために、一人を犠牲にするのはしょうがないって」

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