第七部【未来編】「たとえ全てが終わっているのだとしても、僕はキミを●してる・下」

第三十九章【未来編】「空想の避難所」

 ◇◇◇


 由々よしよしと大人・由々が気がつくと、二人はもといた大人・由々の部屋に戻ってきていた。

 由々の手には、確かに炎の石板がある。父との邂逅かいこうは、幻ではなかったのだ。


「お父さん、君の方へとばかり喋っていたな」


 大人・由々が苦笑いを浮かべて言った。


「あなたの方は大人で、もう大丈夫だからでは」


 由々が率直な見解を述べると。


「うーむ。大人って、そういうもんじゃないんだけどな」


 と、大人・由々が何かを噛み締めるように目をつむった。


「まあ。久しぶりに、お父さんの顔を見られてよかった。さて」


 大人・由々は眼鏡を外すと、キっと目を見開き、凛々しい表情となった。


「君は、そろそろ元の世界に戻らないといけない頃だろう。その前に一つ、見解を伝える」


 大人・由々は理性を働かせて、もう一人の自分──由々と出会ってからのこの夜に得た情報から、推論を導き出した。


「神様になったのどかが世界を『現実歴』と『空想歴』に分岐させようとしていたって話だがな。『空想歴』っていうのはおそらく、現実のこの世界、歴史に空想のレイヤーを被せたものだ。それは、もともとあったものだ」

「もともとあった?」

「まず、ここは『現実歴』だという仮定で話を進める。震災の後しばらく、俺は、『もう漫画とかアニメとかゲームとか、言ってる場合じゃないな』と感じたのを覚えている。あの頃の記憶はなんだかボンヤリしているんだが、情報を総合すると、その頃にこの『現実歴』からは愛姫子あきこが消えてしまっている。愛姫子は人魚と人間のハーフで、漫画的でアニメ的でゲーム的というか、空想的な存在だろう?」

「その頃に『空想歴』に分かれて、愛姫子は『空想歴』で生きているかもしれないってことですね!」

「まだ、この『現実歴』が、果たして『現実歴』と『空想歴』の分岐が成功した後の世界なのかは分からないがな。だが、今この世界では、漫画もアニメもゲームも復活しつつある、どこかで・・・・空想は生きている・・・・・・・・。そんな感覚が、俺にはある」


 空想。幼少期から剣術の修行の日々を送っていた由々には、同年代の他の人間たちよりも縁が薄いものだったかもしれないが、漫画もアニメもゲームも、大事なものだというのは理解している。

 例えばそれは、人の心の糧になるものだろう。


「神様になった和は、分岐させたというよりも、避難所を作ったのかもしれない。震災の直後、多くのクリエイターたちが創作を辞めたり、一時停止したりした。その間、生まれるはずだった空想たちは、どこへ行っていたんだ? 和が何かをして土台のようなものを得た『空想歴』に、一時避難していたんじゃないか?」

「そうか、『現実歴』と『空想歴』はレイヤーの違いだから、相互に貫入し合っているんだ!」

「『空想歴』に避難していた空想たちが、今、少しずつこの『現実歴』に戻ってきている……というのは一つの解釈だ。愛姫子みたいな、ド級の空想までがこっちにまたこられるのかまでは分からないが、現に、昔の自分と出会うなんていう、空想じみたことがこの『現実歴』の今、ここで起こっているしな」


 ここで、大人・由々は、自分自身に気合を入れるように、パァンと己の両のてのひらで自分の頬を叩いた。


「現実の俺たちがちゃんと生きてないと、きっと空想のレイヤーの方もダメになってしまう」


 大人・由々の顔が、吹っ切れたように清々しいものになっている。


「犠牲者だったと思うのは、今日までにする。俺は、生きる。通信の勉強をしようと思う」

「通信、ですか」

「インターネットの『次』の通信技術が始まろうとしている。興味があるんだ。塾講師もイイんだけどね、どうせなら、自分が一番やりたいことで頑張っていくのが、ちゃんと生きるってことな気がするからな」

「僕が通信に興味があったって、なんか意外です」

「君と俺は、同じ存在であって、また別人でもあるんだろう。何しろ、一番大事な人が違うんだ」


 大人・由々は、誰かを慈しむように目を細めた。

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