第三十七章【未来編】「不思議な世界での父との再会」

 ◇◇◇


 次に由々よしよしと大人・由々が気がつくと、二人は夜が明ける前の薄闇の中にいた。

 空気が澄んでいる。地上よりも、高い場所だ。

 二人は、この場所に見覚えがあった。


大白おおしろ山の山頂だ」


 大人・由々が感慨深そうに呟いた。

 由々の生家があった、郊外の山を切り開いた住宅地。その、当の山の名称が「大白山」だ。上部はまだ人間の居住領域にはなっておらず、自然の山のままになっている。


「初日の出見に、きましたよね」


 子供の頃の幸せだった記憶の一つだ。元日の朝に、その年の最初の夜明けを見るために、家族で。父と母と、和と、早朝の暗い時間からこの大白山の山頂へと登山したものだった。


「由々と、由々か。二人揃うと、由々々々だな。なんてな」


 聴き慣れた人物の声がした。

 ちょうど、昔日に家族が並んで座って日の出を見た大きな岩に、一人の男が座っている。

 長い黒髪を後ろで結んで流している、壮年の男である。鍛え抜かれた体をしているが、瞳が穏やかで、全体としては柔和な印象を受ける。

 特徴的なのは身につけている衣装で、小袖こそでに悠々とした独特の肩衣かたぎぬはかまといったサムライを連想させる和装で、そのどれもが色が白──つまり白装束であった。


「ここは、現実ではないですね?」


 大人・由々が男に声をかける。

 大人・由々の見解は、由々にも分かる。なぜなら、目の前の男は──


──もうこの世にいないはずの、由々の父・大城おおしろ吉丸よしまるだったからである。


「そのとおり。ここは、この世とあの世の狭間だ。あんまり、いない方がイイ場所だ」


 由々の父は、正確には行方不明である。ただ、父が「大魔」との最後の戦いに赴いた時、父の愛刀であった大城家の秘剣・萬だけが戻ってきた。

 萬は、由々を新たな使用者として認めたので、自然と父は死んだのだろうと思っていたのだ。


「お父さんは、その……」


 僅かの戸惑いと共に、由々が父の死を確認しようと口を開くと。


「俺っちは死んだよ。それは、間違いない」


 父の方から、厳然たる事実を伝えてきた。

 父が、大人・由々の方に手を差し出す。

 大人・由々が父の手に、手に持っていたギターを預けると、父は大岩に腰掛けたまま、でぃでぃん、と短くギターの弦を弾いた。


「最後の調整が、必要だな」


 父はそう呟くと、深く没入するようにギターを弾き始めた。

 父が全身を使って、ギターと共に音楽を紡ぎ出す。

 曲名が分からなかったが、ただ「ロック」であるという印象を持った。

 指が、弦が、音が、パチパチと弾けていく。

 やがて、場に響く音楽はトップスピードになっていく。

 イングウェイ・マルムスティーンのように、速く、ギターを弾く。

 宙に揺れる白装束と、鳴り響く音楽。

 この世とあの世の狭間で、まるで父と子の関係を接続し直す儀式イニシエーションのようだった。


「うむ!」


 ある一点。奏でる音楽と世界とが一致した一点で、父は演奏を停止した。

 すると、ギターが強い赤い光を放ち始める。

 ギターが赤光に包まれ、やがて光が収束していくと、その存在は姿を変え、一枚の石板になっていた。

 父は、石板を由々に向かって差し出す。


「炎の石板だ。調整は済ませたから、今は調和した状態にある。あいつ、マーメイヤが持ってた杖に戻せ。それで、愛姫子あきこちゃんの熱は鎮まるはずだ」


 由々が石板を受け取ると、石に宿った熱がジっと身体に伝わってきた。


(石板は、リルドブリケ島だけじゃなくて、現実の「この世界」にもある? 時間を超えて存在している?)


「僕は、お父さんのことを何も知らない」

「そんなもんだよ。で、お前は常世とこよに戻るんだよな?」


 この世とあの世か。だとしたら、答えは決まっている。生の世界か死の世界かだけじゃない。あるいは、時間。過去、現在、未来のどこへ行くのかを選べるとしても、由々が行きたい場所は決まっている。


「愛姫子の元へ、戻ります」

「ああ。それでイイ。自分の居場所がはっきりしてるっていうのは、かけがえのないことだ。少し、説明をする」


 すると、父は炎の石板と愛姫子にまつわる、いくつかの大事な話を伝え始めた。

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