第三十六章【未来編】「未来の自分からのアドバイス」


「もし、どこかで君がのどかを救わなきゃいけないなんて思ってるとしたら、それは傲慢ごうまんというものだ」

「傲慢、ですか」


 だいぶ、グサッとくる言い回しである。


「和はそんなに弱い人間か? 救いたいと思ってしまってる時点で、君が和の可能性を狭めてしまっているんだ。車椅子でもできる仕事だってあるし、和がやりたいことだって、和自身が十分に力を発揮すればちゃんとできる」

「でも、車椅子はやっぱり不便で、僕は押してあげたいと思うし、手伝ってあげたいと思ってしまう。間違っていますか?」

「いや、間違ってない。それは君の優しさだ。意識の向け方が大事なんだ。俺も、大人になってようやく分かってきたことだが、君、和の可哀想な部分に意識を向けるのはダメだ。それは、和を苦しくするし、かえって和の可能性を奪ってしまう」

「じゃあ、どうすれば?」

「和が100の状態に意識を向けるんだ。十分で、そのままで何も欠けてない和に意識を向けて接するんだ。その上で、手伝う時は手伝えばイイ」

「な、何か、今の僕にはまだ難しいです」

「100の和に意識を向けることができるようになれば、自然と100の俺にも意識が向くようになる。100の俺は、果たして愛する人に告白しないのか? 100の俺と100の和。それが、和をありのままに受け入れるということだ」

「ありのままに受け入れる。確かに、それは『なかよし』の道っぽいですね」

「はは、『なかよし』の道か、俺も追いかけてたな」

「過去形ですか?」

「ん。いや、ふふ、今でも追いかけてるさ。少し、形は変わってしまったがな」


 そういえば。


(こちらの世界で。「現実歴」の未来で、和は?)


「さて、着いたぞ」


 宵闇の中に、大人・由々よしよしの声が凛と響いた。


「俺のマンションだ」


 十三階建ての、まだ建てられてから新しい印象のマンションであった。

 大人・由々は取り出したカードで玄関のオートロックを解除して、中へと入っていく。

 由々も続き、一階のエントランスフロアに降りてきたエレベータの中に二人で入る。

 ごぅーという音と共にエレベータが上昇を始める。


「一つ」


 大人・由々が口を開いた。


「君が愛姫子に告白できないのは、和のせいじゃない。原因は、もう一つ心の奥にある」

「それは?」

「俺に言えるのは、ここまでだ。今の妻を愛している。きみが愛姫子に告白するのを助けるってのは、引っかかることではあるんだ」

「それは、そうですね」

「ただ、そうだな。君の心をき止めている『壁』について、捉え直すことができたなら、あるいは……」


 エレベータが七階に停止し、扉が開いたので、会話はそこで終わった。

 右方向に吹き抜けの廊下を並んで歩くと、すぐに玄関の前についた。表札を見ると「OHSHIRO(大城)」と表記されている。

 大人・由々が鍵を開けて中に入っていく。


「のんびり、もてなしている場合ではないよな。こっちだ」


 大人・由々は玄関から入ってすぐの部屋のドアを開いて、由々を招き入れる。クローゼットの取っ手に手を触れて、一言。


「ついさっき君に会うまで、ここにこれがあること、忘れていたんだ」


 大人・由々がゆっくりとクローゼットを開くと、横の方に、それは立てかけてあった。


「お父さんが最後の戦いにおもむく時に、俺に譲ってくれたんだ」


 オレンジ色のボディが、燃える炎を連想させるギターであった。

 銀の光を携えた6本の弦が、まだ「いつでも弾いてもらう準備ができている」ことを伝えてくる。


「君は覚えているか? 俺たちのお父さんは、ギターを弾く人だった」


 由々はゆっくりと首を横に振った。


「僕も、確かに譲ってもらったはずでした。でも、たった今まで忘れていた」


(お父さんから習うのは、対魔の剣術であってギターではなかった。お父さんと音楽の結びつきが、僕の中で空白になっている)


 大人・由々はクローゼットの中からギターを取り出し、ネックを握って由々に対して掲げてみせた。


「これが、愛姫子が熱を出してる原因だと思う」


 由々が、そっとギターのボディに触れた時だった。

 ギターが眩い光を放ち始める。

 由々と大人・由々が目を細めて光を知覚した時には、部屋全体が光に包まれる。


(このままでは、光に飲み込まれる)


 しかし、同時に由々は思うのだ。


(不思議と、悪い気はしない)


 強い光に誘われて、由々と大人・由々は──


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