第七部【未来編】「たとえ全てが終わっているのだとしても、僕はキミを●してる・上」

第三十三章【未来編】「蛸(たこ)の神社へと辿り着いて」

 ◇◇◇


【壁の中の世界・時間はない――由々よしよし、7歳からここにいる。】


 ここは、全てが壁で囲まれた世界。

 由々は砂の上に座り込んで、ぼうっと虚空を眺めている。

 そらから、雪が降っている。

 荒涼としたこの場所で、肌に触れる雪の感触だけが確かだ。


(●●●●が、愛姫子あきこを殺そうとしたんだ)


 由々は、ここからどこにも行けない。

 自分で自分を閉じ込めた。外の世界で、大事な人を傷つけてしまわないように。


(僕は呪いを引き継いでいる。ここから出ない方がいい)


 自分という人間が、このまま降り積もる雪で覆われて「世界」から消えてしまうように願う。

 壁の外にある「幸福」を受け取ることができる許可は、自分にはおりない。

 その幸せは、誰か他の人が受け取る分だから。

 由々は、強く自分に言い聞かせた。


――間違っても、愛姫子に「愛してる」なんて言っちゃいけない。


 と。


 ◇◇◇


「うぉう」

 由々は、突然砂地へと放り出されて手をついた。

 かろうじて、前受け身が間に合ったかたちだ。

 ヒーリアがつくった円をくぐって、小人になって愛姫子の左目に吸い込まれるや、体感としては一瞬の出来事だった。

 体は、通常の大きさの由々に戻っている。

 さて、どんな世界にやってきたのかと顔を上げて周囲を確認するが、すぐに目に入ってきたのは鳥居とりいであった。


(え? 神社?)


 リルドブリケ島で訪れた「水の神殿」や「風の塔」といった、異世界の文脈で造られている宗教的な建造物ではない。由々としては馴染み深い、由々がいた現実世界の日本の神社であった。


(どういうことだ?)


 由々の服装も、異世界にいた時の特徴的なものではなく、下は黒のジーンズにスニーカー、上はフード付きのクリーム色のインナーにブルーのジャケットを重ね着しているという状態になっている。日本刀・よろずも、目立たないように剣道の竹刀袋に収まっている。

 その上、落ち着いて観察してみると、由々はこの神社に見覚えがあった。由々とのどかの家がある郊外の住宅地よりは、グッと「Sエス市」の中心部に近い位置にある、たこを祀っている神社だ。


(現実世界に、帰ってきたのか?)


 神社の敷地から出て、住宅地に出る。すると、「世界」の違和感に気づく。

 ところどころ電柱が傾いていて、地面にはヒビが入っているのだ。


(何か、変だ)


 由々は住宅地から商店街に出て、由々も何度か買い物をしたことがあるコンビニを目指した。

 人々が行き交っている。異世界のダンダルダンのような特徴的な外見の者はいない。みんな、現代消費文明にもとづいた服装をしていて、手にはスマートフォンを持っていたりする。

 ビルディングの一階に位置するコンビニには辿り着いたが、建物全体を鉄骨が覆っており、修繕工事をしているところだった。

 店自体は営業していたので、中に入って入口付近にあった新聞を手に取り、「世界」の情報を確認する。

 由々はギョッとした。

 新聞に書かれていた今日の日付は――


 2016年、5月13日。


「分岐の日」に由々が愛姫子と異世界に渡ったのは2011年である。

 由々は今、由々が生きていた時よりも五年後の未来に来ていることを意味していた。


 ◇◇◇


【この世界・現実歴:2016年――由々、23歳の時。】


 孤立している、という感覚が由々を襲う。

 未来の世界に、一人だけ。たくさんの人間がいるとしても、この五年にあったことを由々だけが共有していない。そのことが、少し怖い。

 何よりも、愛姫子がいない。

 リルドブリケ島という異世界においても、由々が寂しさを感じなかったのは、愛姫子が近くにいたからだということを痛感させられる。

 その意味で、この五年後の現実世界は異世界よりも「遠く」に由々には感じられる。

 由々はコンビニから出て、併設されてる休憩スペースにあるベンチに腰掛けると、頭の中を整理した。


(この世界に来たのは、愛姫子の高熱の原因を特定して取り除くためだ。とにもかくにも、それをやらなくては)


 そう思考を巡らせていたところで、手掛かりは向こうから由々に近づいてきてくれた。

 商店街の車道を自転車でこちらに向かってくる人間に、由々は心当たりがあったのだ。

 見覚えはない。しかし、頭が、体の感覚が、自分という存在が、その人物が誰であるのかを由々に告げていた。

 自分よりも少し年上の大人で、スーツ姿に眼鏡といった出立ちで自転車を漕いでいる人間であるが。


――あれは、僕だ。


 今が2016年ならば、23歳くらいの大人の由々ということになるだろうか。

 もう一人の自分を強く意識した時である。

 竹刀袋に収まっていた愛刀の萬が鳴動した。

 萬は、何か由々を導こうとしているように思える。


(やはり、対話してみるべきだろう)


 いずれにせよ、他に有力な手がかりもない。

 由々は、自転車で移動している大人になった自分を、後ろから追いかけることにした。

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