第三十章「『日常』の力について」

 話が核心に入ってゆく。水の妖精ウェンディゴンに言われて集めはじめた石板だが、これはいったい何なのだろう。


「七つの石板には、『七色魔法』を発動するためのエネルギーが込められているのです。まず、マーメイヤ様はリルドブリケ島の七つの聖所を解放し、『天球音楽隊』のコンサートを開いて回った」

「七つの聖所、というのは?」

「七つの属性、水、風、火、雷、土、闇、光に対応する島にある聖域です。ここ、コルピオーネの『風の塔』は風の聖所でありますな」


 由々よしよしの頭の中で、これまで把握していた情報がより立体的に理解され始めた。最初に蜘蛛の魔獣と戦い水の石板を手に入れた「水の神殿」は水の聖所であったのだろう。すると、フーリンゲンが言っていた「雷の聖廟せいびょう」は雷の聖所だと推測できる。


「聖所の解放とコンサートで集まった莫大なそれぞれの属性のエネルギーを、凝縮しているものが石板であります。ただ、百年前の時点では、それでも『七色魔法』を発動させるにはエネルギーが足りていないとマーメイヤ様は仰っておられた」

「それで、マーメイヤ様は『七色魔法』を使えなかった?」

「そこで、この百年です。マーメイヤ様はそれぞれの石板をそれぞれの聖所と縁ある場所に封じ、それぞれの属性の『日常』の力を百年かけて石板に積み増しするということをやったのです。それが、私が、コルピオーネの街の人々がこの百年『風の塔』を祀り、守ってきた真相です。石板は、エネルギーが凝縮されたものであり、蓄積するためのものでもあったのです」

「『日常』の力、というのは何でしょう?」

「そうですな。魔力とはまた違うものです。日々の営みの中にある何気ないもの。朝に目覚める前の街を散歩しながら感じる心地よい静けさ、昼に商売がうまくいった時の『やった!』と声をあげたくなるような喜び、夜に子どもが母から寝物語を聞く時の眠りに向かう温かさ。そういった『なんかいいな』という『もの』や『こと』は、人々の記憶と溶け合いながら時間に運ばれていく。それらをちょっとずつ『時間の大河』から分けてもらって貯めておいたもの。それが石板に蓄積されている『日常』の力でしょうか」


 由々は「徳分」という言葉を思い出した。目には見えないし科学的には存在を確認できないのかもしれないが、「なんかいい」感じの気が流れていると感じることは現実世界でもあった。そんな無形の善なる力を、本当に世界を救うエネルギーとして使えるなら素晴らしい話だと思う。


「そうして、マーメイヤ様に風の聖所である『風の塔』の近くで、『日常』が営まれるこのコルピオーネを見守っているように頼まれたのが、このロビホンです。しかし、それはずっとというわけでもない。マーメイヤ様は仰っていた、『厄災』の前に『継ぐ者たち』が現れるであろうと」

「それは、つまり?」

「石板に託された魔力と『日常』の力を使って、『七色魔法』を発動させ、『大海衝だいかいしょう』からリルドブリケ島を守る者です。そうして、マーメイヤ様以来の『七色プリズム・魔導師ウィザード』である愛姫子あきこさんが私の前に現れたという次第です」


 由々は愛姫子の方に視線を向けた。口を挟まずに、大事な言葉を拝聴するといった様子でロビホンの話を聞いていた愛姫子であったが。自分が世界を救う「七色魔法」のいわばトリガーを引く役かもしれない点に、何を思うのだろう。


「私ね、本当に私がマーメイヤ様が予言していたという『継ぐ者たち』なのかは全然分からないんだけど、ただ」


 愛姫子が見解を述べた。


「『七色魔法』の存在を聞いた時、白翼ホワイト・ドラゴンとの戦いの時に水の魔法と風の魔法を重ねた感覚を思い出してね。その、このまま火とか土とか、他の属性の石板の力を七色プリズム・の杖ロッドで受け取っていったとして、七つ、うん、七つの属性の魔法を全て重ねること、できそうな気がするんだよね」


 愛姫子は、こういう真面目な話の中でことさらに自分の力量を誇張して主張するような女ではない。本当に感覚として、成功させるイメージが腑に落ちているのだろう。


「それって、そのいわば七色を重ねるってことが、『七色魔法』を発動させるやり方だってことなんじゃないか?」

「そう、なのかな? 実際に他の属性の魔法も使えるようになったら、もっと具体的に何ができるか分かると思うんだけど」

「マーメイヤ様は、『七色魔法』は『希望の歌』であるとも表現しておられました。継ぐ者の心のかたちを通して、現れると」

「歌、歌か〜。私あんまりうまくないんだけどな」

「そう? 技術的に上手いって感じじゃないかもだけど、愛姫子の歌って心に響くものがあると思うけど」

「本当に? よしちゃん、そんなこと初めて言ってくれた気がするんだけど」


 子どもの頃は、愛姫子はよく歌っていた。少し成長してからも、十万じゅうまん億土おくどの大魔との戦いの前までは、由々、愛姫子、のどかでカラオケに行ったりすることもあった。


「うん。これからの方針が、決まったんじゃないか」

「由ちゃん?」

「石板を集めるのが、優先的な目標ということでどうだろう。『七色魔法』が何なのか分からないし、愛姫子が使える確証もまだないけれど、『大海衝』そのものから島を守れる可能性があるなら、そっちを目指した方がいいと思う。『世界を救う』ってそういうことだと思うから」

「私も、その方がいいな。なんかね。七つの色は、それ自体が重なることを望んでいるような感覚があるの。そっちに向かって行きなさいっていう、お導き、みたいな?」

「愛姫子のそういう不思議な感覚は大事にした方がいいからね。ただ……」


 由々は付け加えるべきことを述べた。


「テキパキとした行動が求められるね。『大海衝』がくる『厄災』の日まであと一ヶ月ほどと予言されているわけだけど、それまでに残りの五つの石板を集める必要があるってことだからね。もっと言えばアスガルという人がやろうとしている『奪還作戦』よりも先に『七色魔法』を発動させるのが望ましい」

「そうか。『七色魔法』で『大海衝』の方が大丈夫となったら、アスガルってやつも、無理に『避難所』であるお城を奪還する戦争を急がなくてもよくなるんだ。血、流れない方がいいよね」

「ああ。今日は一晩休んだら、明日はすぐにフーリンゲンが言ってた『雷の聖廟』へ向かおう。たぶん、そこに雷の石板があるのだろうから」

「話は決まったようですな!」


 ロビホンの方も、由々たちに伝えるべき話は伝え終えたようだ。


「ええ、本当に『希望』にまつわる話でした。まだまだこれからですが、どっちに向かって行けばいいかの方向性は定まりました。ありがとうございます」

「それはよかった。それがしもマーメイヤ様とのご縁を繋げて、今日は本懐を遂げた日となりました。旅立ちは明日とのこと、せめて今晩は英気を養ってくだされ!」


 ロビホンはそう言って、あらかじめ準備していた料理をお店のテーブルへと運び始めた。

 その日の残りは「風の塔」のミッションの攻略が完遂できたのと、これからの指針が定められたのを祝って、美味しいごはんと歓談とを楽しんで過ごした。

 この時はまだ、魔獣や白翼ホワイト・ドラゴンといった分かりやすい脅威とは異なる、隠れた災いが静かに忍び寄ってきていることに、由々も愛姫子も気づいていなかったのだ。

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