第二十九章「『愛』について」
「アスガル様はアスガル様で、リルドブリケ島を救おうとしている。限られた生命しか生き残れないとするならば、次に続いていくような生命がいい。また1000年かけて島を復興していく、そういう力強さの礎になれる生命がいい」
「でも、ロビホンの旦那は『選ばれた』のに、『避難所』には行かないんだよな?」
「作用。これは、
「『ワガママ』?」
「『避難所』で『
ロビホンの明確な意志の表明を聞くと、愛姫子は、
「すいません、よくは、分かりません。ううん。何か、大事なことをしようとしているのは分かります。でも、『生存券』でしか生きられないのも嫌だけど、ロビホンさんに死んでほしくない気持ちも、あるんです。そこまでして……ここに、この場所に何があるというのですか?」
と、乱れた自分の心を鎮めるように零した。
「それは、愛ですぞ」
愛姫子の問いにロビホンが即答する。
これには、
「愛とは、何なのでしょう?」
我ながら漠然とした問いだと思いながら、由々は尋ねてみた。
「愛とは、見返りを求めない気持ちのことですぞ」
ロビホンが由々が期待してたよりも、明確な答えを返してよこす。
「何々がしてほしいから、何々をしてあげよう、ではないのです。マーメイヤ様が、某に見せてくれたものです。100年前に『風の塔』を解放した時、マーメイヤ様は何も見返りを求めておられなかった。『ただ、そうしたかったの』と言っておられた。某を照らしてくれた光です。某が知った愛です」
由々は、ロビホンの言葉を聞いているうちに、自分の胸も温かくなっているのを感じていた。
「某は、その時気づいた自分の内側にある愛を裏切れない。『大海衝』の後の復興に協力してくれるなら、『避難所』に入れてあげる、には乗れない。某は、『ただ、そうしたかった』からこのコルピオーネの街で生きるのですぞ」
「やれやれ、ロビホンの旦那、やっぱり『天球音楽隊』のガチ勢だね」
「どういうことです?」
ロビホンの話を、由々とは別の視点でとらえたらしいディンディンに尋ねる。
「今の旦那の話、マーメイヤ様の『天球音楽隊』の歌のテーマなんだよ。『心よ、ありのままであれ』、旦那の今の話でいうなら『ただ、そうしたかったの』、そういう、心の自然なあり方と『存在』が一致した時に生まれる優しさ、強さ、そして儚さを歌ってるのが『天球音楽隊』ってバンドだよ」
ディンディンはラーファンの年齢的に実際に100年前の「天球音楽隊」のライブを聴いたことはないのだろうが、彼が述べたことから判断するに、「天球音楽隊」の歌は時間を経ても残っており、今のリルドブリケ島でも知ってる人は知っているものであるようだ。
「ほほ。理想ではあるが、やや夢想的にも感じる、というのが、ディンディン殿の『天球音楽隊』の評でありましたな。しかし、その夢想、いえ、あえて『夢』と言いましょう。夢を夢に終わらせず、現実化する道筋を残したのが、マーメイヤ様のすごいところでしょう」
「できるの!?」
愛姫子が食いついた。由々も高揚した気持ちで続くロビホンの語りを待つ。愛、夢、幻のまま終わらせないことができたなら、とても素晴らしいことなのだから。
「ここまでは、ロビホンの個人的な考えの話になってしまっておりましたな。では、ここからは世界に向けて、希望の話をいたしましょうぞ」
ロビホンの話が続く。
「マーメイヤ様は、『大海衝』を完全に回避する方法を準備しておられました。『避難所』という限定的な方法ではなく、抜本的な方法で、みんなが生きられる。そんな希望を残したのです」
ロビホンは家を建てることに例えるなら、土台を作ることから正確に作業を行なっていくような、慎重な態度で「希望」にまつわる話に入った。
「『
由々はそっと愛姫子の横顔を見る。愛姫子は真剣な面持ちでロビホンの話を聞いている。
「それは、どういう魔法なのでしょう?」
「分かりませぬ。マーメイヤ様は魔法の内容、つまりどうやって『大海衝』から島を守るかまでは話してくれなかった。このロビホンに、そこまでは伝えない方がいいと判断されたのでしょう。ただ、『大海衝』そのものを避ける、と言っておられた」
「そのものを避ける、ですか」
由々にも検討がつかない。現実世界の津波なら、たとえば防波堤を築くといった対策があったりする。魔法の障壁で、大きな防波堤を作るようなことは可能かもしれないが、島のほとんどを飲み込むほどのエネルギーを防ぐ障壁というのは、ちょっとスケールがすぐには想像できなかった。
「そして、大事な点なのですが、『七色魔法』はまだ準備ができておりませぬ。マーメイヤ様の代では、間に合わなかったのです」
「で、しょうね。完全に万全な対策として準備できているのなら、公表して島の人々を安心させているはずですし」
「それは、少し視点が異なるかもしれませぬ」
「と、言うと?」
「マーメイヤ様は、『厄災』までの百年を『非常時』にはしたくないとも仰っておられた。必要なのは『日常』の力なのだと。未完成だが対策はある、では人々の緊張は続いたままになってしまう。公表を控えられたのは、その点が大きいのであろうと。ゆえに、某を含め限られた者にだけ石板の意味を伝えていた」
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