第六部「新たなる冒険への召命」

第二十八章「『世界のルール』について」

 ロビホンのお店へと戻ると、ロビホンとディンディンが迎え入れてくれた。


「塔の方からの風に混じっていた邪気が消えたのに、みんな気づいておりますぞ」

「驚いたね。『風の塔』の攻略ミッションを成し遂げるのが、本当にあんたたちだったとは」


 聞くと、上手くいくにしろ失敗するにしろ、由々よしよしたちとじっくり向き合う時間と場所が必要になるであろうと、今日は午後からお店を貸し切りにしてくれているという。


「『強さ』は示せたということで、いいでしょうか?」

「ええ! ええ! このロビホン、マーメイヤ様達と同じ質の『強さ』にこうしてまた巡り合えたことに感動であります」

「手続きとかしておいたから、ギルド経由で報酬とかも支払われると思うぜい」


 ディンディンは街の沿岸部でギルドの職員達と戦いを見守っており、由々の技を受けて白翼ホワイト・ドラゴンが塔の上へと降り立ち沈静化したのを見ていたのだという。ギルドの職員達も、由々たちのチームが「風の塔」のミッションを成し遂げたと判断したとのことである。

 ディンディンはそのままお店に来る前にコルピオーネのギルドの方に行って、事務的なことをやってくれたらしい。あとは冒険者カードを持って由々たちが直にギルドの方に赴けば報酬が支払われるとのことだ。


「お金、貰えるのね!」


 愛姫子あきこが目を輝かせている。


「大事なことだよね」


 マリージヤの宿屋の主人へのツケもこれで支払えるだろう。また、お金があることでこれからの行動の可能性がある程度広がることも間違いがない。


「私たち、石板をゲットしてしまったのはイイのですかね? コルピオーネの人たちは、百年間『風の塔』の石板を守っているということを、大事なこととして共有してきた感じでしょう?」


 ヒーリアがもっともなことを言う。愛姫子から別行動をとっていた時のことは聞いていて、風の石板は七色プリズム・の杖ロッドに吸収されて、今は愛姫子と一体化しているような感覚になっているという。


「ギルドの人たち、街の人たちには、それがしの方から話をしておきましょう。いや何、いずれにせよ、我々のこと、街のこと、みんなで話し合ってみるタイミングであったのです」


 由々としてはありがたい。自分たちは街から石板を奪ったとも捉えられるのだ。ロビホンはそのことを糾弾する方向というよりは、おそらく「生存券」の件も含めて、そもそも石板の有無以前に街の今後について考える時がきたという段階に、話のフェーズを進めるつもりのようだ。


「祝杯をあげたいところではありますが、まず、真剣な話をしなくてはなりませんな。『優しさ』と『強さ』を備えた方々。今こそ、『厄災の正体と石板の意味』についてお話しいたしましょう」

「俺は席を外そうか。秘密にしていたことなのだろう」


 ディンディンが言った。ロビホンと親しい間柄である彼も、ロビホンがマーメイヤと会っていたことは知らなかった様子である。


「いや、同席して頂けますかな。『厄災』の日が近づき、マーメイヤ様が言っていた『継ぐ者たち』が現れた。『運命』が回り始めている。有徳の志には、そろそろこれから何が起こるのかを共有していた方がよいと思うロビホンですぞ」

「『有徳』とは買い被られたものだと思うがね。だが、茶化す話では無さそうだ」

「『厄災』の時には、雷の剣士ディンディンの力を借りる局面も、来るかもしれないのですぞ」

「ふうむ。俺は『避難所』に行く、ロビホンの旦那は行かない。そこで、ロビホンの旦那とはお別れと思っていたがね。もし何か一緒に戦うようなことがこの先あるのだとしたら、それは僥倖ぎょうこうであろうよ」


 店の中央の丸いテーブルに、ロビホンを中心に、由々、愛姫子、ヒーリア、ディンディンが席についている。

 ロビホンはいよいよ、核心の話を始めた。


「結論から言いまして、リルドブリケに千年に一度訪れる『厄災』は氷炎女王のことではないのですぞ。内戦は悲劇ではありますが、間も無く、もっととんでもないことがやってくる。『厄災』の正体は、『大海衝だいかいしょう』でありますですぞ」

「大海衝?」


 この異世界に来てから初めて聞いた、そしてそもそも響として聞きなれない言葉が出てきたので、由々は尋ねた。


「ここからは、マーメイヤ様から直接聞いた話であります」


 ダンダルダンである彼が頭のアンテナのような角から、もくもくと煙を発し始めた。


「マーメイヤ様がくまなくリルドブリケ島を回った中で、特に賢者タケフミの知見を借りて、ある事実に行き当たったのです。タケフミは島の各地の痕跡──それは物理的なものや『伝承』といった非物質的なものも含まれるのでありますが──を調べることで分かったのだそうです。なんでも、彼がもといた世界でもそういうものがあったからであると。今から1000年前、リルドブリケ島歴2999年に島を囲む海の彼方から大きな大きな『大海衝』がやってきて、この島のほとんどを飲み込んだと。生命の大部分が死滅したと」


 由々と愛姫子は顔を合わせた。


「僕たちの世界の、大津波のようなものか」

「『大海衝』は1000年周期でやってくる。リルドブリケ島歴999年と1999年にもあったこと。その度に、リルドブリケ島はほとんどの生命の死滅を経験し、1000年かけてまた復興しているのです」

「先ほどから、『ほとんど』と言っているのはどういうことでしょう? 一部、『大海衝』から逃れることもできると?」


 由々が疑念に思ったことを尋ねる。


「はい。島の中央・イストリア山の山頂付近だけは、『大海衝』が届かないのです。だから、その限られた避難スペースをめぐって、1000年ごとにこの島では大きな争いが起きている」

「じゃあ、『生存券』とか『避難所』っていうのは」

「ええ。アスガル様は、今年起こる『厄災』が『大海衝』であることをおそらく知っておられる。ソフィアティーヌ様の予知の力なのか、タケフミのように調査によってたどり着いたのか、あるいは某が知ってるくらいですから、マーメイヤ様経由の情報に何らかのかたちで接してる可能性もありましょう」

「それって、『大海衝』から生き残ることができる生命を選別してるってこと?』


 愛姫子はちょっとショックを受けているようだ。はじめて『生存券』の話を聞いた時の反応、および「風の塔」での彼女の言動・行動からも、彼女は生命を選別することに関して忌避する気持ちが強いのが、改めて由々にも伝わってきていた。


(それは、愛姫子も選別されて、殺される側だったからなんだろうな)


 由々の胸が痛む。どんなに剣の腕を磨いても、由々がまだ斬れないでいるものがある。それは、選別されて誰かが生き残り、誰かは死ななくてはならない、『世界のルール』といった類のものだ。

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