第二十七章「天球の片隅で人魚が気づいたこと」
「母は、『厄災』の日までには目覚めるでしょう。愛姫子、僕はあなたの力になりたい」
塔の上で眠りについた母ドラゴンを背に、
「イグナ、あなたも傷を癒さないと」
氷の魔法と時の魔法の合わせ技で
「お母さんにくっついて、眠ります。そうすると、体を癒す力が高まるみたいなんで」
「ゆっくり、休んでちょうだい」
「はい。でも、この先の『運命』で愛姫子さんがピンチの時に、僕とお母さんは必ず駆けつけますので」
「『運命』?」
「はい。先ほどの戦いを見ていて分かりました。愛姫子さんは、マーメイヤ様の縁者の方であるのでしょう?」
そういえば、「風の塔」と風の石板、それを守護する
「イグナとお母さんは、ずっと石板を守ってきたの?」
ロビホンから聞いた話なら、それはそれは長い時間のことになるはずだ。
「僕は、気がついた時にはもうこの塔にいました。お母さんはたぶん、マーメイヤ様の知り合いです」
そこまで語ったところで、イグナの
「僕、眠くて」
「体が休息を求めているんだろう。愛姫子、マーメイヤ様のことはロビホンさんに聞くことになってるし」
「うん。イグナ、今は眠って。ありがとうね」
イグナは、母ドラゴンのお腹にもたれかかるかたちで眠りについた。
「では、陸地に戻られる前に、私からも少しだけ」
戦いの間、姿を見せないでいた風の妖精・フーリンゲンがそよ風と共に現れて言った。
「お見事でありました。まるで、マーメイヤ様の一の従者、剣士・オボロが放つがごとき突き技でした」
と、まずは
「剣士オボロって、どんな人なんだい?」
似ていると言われるのも二度目なので気になるのだろう。由々が尋ねた。
「絶剣の剣士であり、『天球音楽隊』のギターでありました」
「本当に、バンドを組んでこの島を回っていた人たちなんだね」
「タケフミは? タケフミも何か楽器を?」
父と同じ名前の人物が気になるので、愛姫子も聞いてみる。
「タケフミはドラムです。天球の鼓動を打つ方でした」
「ドラムか〜」
ヴォーカルとドラマーが結婚したかたちということになる。いや、だから何だというわけではないのだが。
「愛姫子殿。『雷の
「『運命』?」
また、その言葉が出てくる。そして、「水の神殿」「風の塔」などと同様、「雷」というこの世界の属性が名前についた場所をまた訪れよという。
「詳しくは、ロビホンに聞くとイイでしょう。私は、そろそろおいとましないとならないので」
「ロビホンさんのことも知ってるんだ! って、体が薄くなってる!」
水の妖精ウェンディゴンも、このようになって消えていった。
「あなたも、空想へと帰るの?」
由々が尋ねた。
「はい。でも、これで全ての別れではありません。『空想は常にあなた達を助けたいと思ってる』のですから」
そう言い残して、フーリンゲンは世界の光に溶け込むように消えていった。
「じゃ、ま、『雷の
由々が背伸びをする。
「愛姫子さん、陸地まで飛びますんで、シルフさんを背中に付けますよ〜」
ヒーリアが、戦いの前に召喚しておいた愛姫子の分のシルフを呼び寄せる。シルフの羽で空を飛ぶのはちょっと経験してみたかったので、楽しみであったりはする。
すると、由々とヒーリアの時と違って、愛姫子の背中に取りついたシルフは、一言言葉を発した。
「あなた。神様と縁がある方」
「え?」
「シルフさん、喋るのは珍しいんですけどね」
シルフはそれ以上は語らず、愛姫子の背中に同化していく。
(こ、この感覚は……)
「知覚共有です!」
ヒーリアが言葉を発すると、シルフは淡い緑に発光し、愛姫子もエメラルドグリーンの翼を
シルフの翼をはためかせてゆっくりと空を飛んでみると、海を泳いでいる時とはまた違う、自然と一体となるような感覚が愛姫子におとずれた。
「なるほど。こういう感じになるのか」
由々とヒーリアも愛姫子の近くまで飛んでくる。
「陸に帰ろうか」
「ミッションコンプリートですよ。愛姫子さん!」
愛姫子は一度だけ塔の上で寄り添って眠る白翼竜の親子を振り返ると、目を細めた。
(温かいものは、守れたのかもしれない)
愛姫子は陸の方へと向き直り、飛翔を始める。帰還の時だ。
風を体に受けて空を飛びながら、不思議なことを考えていた。
風と水は、つながり合っている気がする。風と水の魔法を同時に使った時の感覚がまだ残っている。
(それだけじゃなくて、あるいは、火も、雷も、土も、光も、闇も……)
あるいは、それどころではなく。
(草と木、人間と動物、そして物や空気まで、もしかしたら……)
──この世界の、いえ、この「天球」の万物は深いところでつながり合っている?
愛姫子は、どこかで何か大事なものと離れ離れになってしまったような、不安を抱えて生きてきた。
それがいつからなのか、愛姫子には分からない。
(
今ではもう途切れていて。繋いだと思ってもまたすぐに切り離されてしまう類のものだとしても。万物がつながりあっているという着想は、どこか愛姫子の心の奥に安心をもたらすものであった。
「わーい!」
ちょっと子どもの頃に戻ったみたいな自分を演じて、空に飛び込むように由々に近づいて、手を握った。
そのまま、海を泳ぐように、世界を泳ぐように、空を飛んでいく。
続いて、ヒーリアが追いついてきて、愛姫子のもう片方の手を握った。
「笑顔が戻ったようで、よかったよ」
「やはり私たち、『なかよし』なのでは!?」
この日、愛姫子と由々とヒーリアで手を繋いで空を飛んだ。
またすぐに離れてしまう、自分たちという存在なのだとしても。無性に、触れ合っていたかったのだ。
陸が、コルピオーネの美しい街並みが見えてくる。
「由ちゃん、ヒーリア、私……」
優しい風に包まれながら、愛姫子が言った。
「のんびり飛んでいきたいかな」
/第五部「風の塔で竜と対峙して人間と人魚が思ったこと」・完
第六部へ続く
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