第二十四章「暗黒竜との戦い」

 由々よしよしは漆黒の魔獣へと姿を変えた暗黒ブラック・ドラゴンの瞳を観察したが、様子が白翼ホワイト・ドラゴンの頃とは違っていた。眼は真っ赤に燃え上がり、視界に捉えた全てを破壊しようとする攻撃性に満ちている。


(対話は、継続できそうにないか)


 暗黒竜は由々とヒーリアの姿を改めて捕捉すると、体を鳴動させながら、強いエネルギーを己のあぎとに集め始めた。


「由々君。大火炎ブレス、来ます。先ほどのより数段大規模なものかと」

「回避の援護、頼める?」

「避けようとすれば、飲み込まれます。進みながらいなすのが手かと」


 すると、ヒーリアは短く呪文を詠唱した。


「アンダルガルド・クレア・アリアス!」


 すると、由々が握っていたよろずの刀身が、渦巻く風を発生させ始めた。


「風魔法剣です。由々君、火炎斬りを」

「無茶を言う」

「私も、後ろから魔力供給しますので!」


 しかし、迷ってる場合でもなさそうだ。すぐにドラゴンのブレスはくる。


「ブレス上方から下方に向けて斬り裂きながら、下に抜ける!」


 暗黒竜は全身をしならせながら、顎を開き、巨大な大火炎を吐き出した。

 由々としても、炎斬りの経験はある。しかし、現実世界で修行の一環として焚き木の炎を斬ったといったものだ。こんな大規模な火炎を実戦で斬ることになるとは思っていなかった。

 由々はシルフの翼を精一杯はためかせる。すぐ後ろで、由々の肩に手を当てたヒーリアも同様に翼の推力を加える。

 シルフ二人分の力で空中を疾駆し、柄をしっかりと両手で握りしめ萬を振り下ろす。


「アンダルガルド・ドナ・フォルト!」


 ヒーリアがタイミングを合わせて更なる呪文を唱えると、風魔法剣は巨大な竜巻剣へと拡張された。

 大火炎に対して、大きな風の剣で斬り裂かんと突っ込んでいく。

 風は炎を退け、由々の剣は鋭い風の刃を周囲に拡散させる。

 由々とヒーリアは一つの風の弾丸となって大火炎の中を突き抜けていく。

 その時、由々が感じたのは「黒い何か」であった。


(火炎蜘蛛を斬った時と、同じ感覚だ)


 やがて、炎の中を通り抜ける。ドラゴンの下方の宙域へと抜ける。かっこよく大火炎を一刀両断したりはできなかったが、回避行動としては成功である。

 由々は飛行を続けたまま、肩にあったヒーリアの手に自分の手を重ねて言った。


「ドラゴンの背中に取りつきたい」

「また無茶を」


 ヒーリアは由々の手を握り返し、背中から由々と並ぶ体勢へと移行し、二人で手を繋いで並んで飛ぶ状態となった。


「ドラゴンに、マッサージを施したいんだ。たぶん体の中にある『黒い何か』の位置を把握したい」

「もしかして、由々君もドラゴンを殺したくないと思ってますか?」


 見透かされた。なら、正直に言うしかないだろう。


「僕は愛姫子あきこほどお人好しじゃない。殺すしかないなら殺すつもりでいる。でも、そうじゃない可能性があるなら、十分に努力したいと思ってる」


 ヒーリアがギュっと手を握り返してきた。


「そういうことなら、私が少しの間だけドラゴンの動きを止めます」


 ヒーリアが握った手に力を込めて、上方の空域に向かって由々の体を振り、そして手を離す。ヒーリア自身は下方の宙域に向かっていく。


 背中に取り付くためにドラゴンの上の方に位置どれという意味だと理解し、由々はベストな位置に向かって飛翔する。不思議だ、離れて飛んでいても、ヒーリアとはどこか意思をやり取りしながら飛んでいるような感覚がある。息が合っている。


解放その1リリース・オン


 ヒーリアはドラゴンの腹部に接近せんと海面スレスレを飛行しながら、万能のシルフレッド風の型・スターの三つの糸で繋がった武装のうちの、糸の先に吸盤きゅうばんがついたものをパージした。

 そのまま、暗黒竜に接近する。空中の竜と海面付近のヒーリアとの距離は100メートルほどだ。そして、その距離を万能のシルフレッド風の型・スターから放たれた吸盤は弾丸のように飛んだ。

 吸盤はドラゴンの腹部付近まで飛ぶと不思議な力で巨大化し、そのままドラゴンのお腹に貼り付いた。


「バキューム!」


 大きな吸盤が周囲の風を吸引し始め、暗黒竜も吸い寄せられる。


風移動最大化エア・マックス!」


 そのままヒーリアは吸盤から繋がる糸をピンと張って、暗黒竜を引っ張るように高速移動を開始した。

 離れた位置の吸盤を操りながら、自身の飛行にも意識を向けているという、高度な魔法操作を行なっているのが由々にも分かった。

 暗黒竜の巨体を引っ張ることはできなかったが、少なくとも、吸盤の吸い込みとヒーリアの移動の力が加わるうちは、その空中の一点に固定される状態となった。


「今です!」

「承知!」


 由々はシルフの翼のパワーを全開にして、一気にドラゴンに接近し、そのまま背中に取り付く。暗黒竜の背中は、黒い炎で燃え上がっていた。


(思ったよりも、凶々しい。そんなに長くはいられないか)


 由々は優しく竜の背中に手をあてた。

 マッサージとは言ったが、試みようと思っているのは触診に近い。現実世界ではたくさんの人たちにマッサージを施してきたが、由々は「気」のようなものを読みながら体をほぐす。

 そして、「気」の流れが捉えられると、体に触れることでその人の不調の部分が分かったりもするのだ。由々の場合、かなりその人の内臓、骨、神経といった人体構造まで把握することができる。

「気」を巡らせてドラゴンの身体構造を把握すると、それは見つかった。心臓の下部に、邪気をはらんだ球形の「黒い何か」があるのだ。全ての禍々しさの元凶がこれであると、由々は直覚する。


(これなら、あるいは……)


 由々が暗黒竜を救う一つの可能性に思い至る。

 生命活動に不可分な臓器そのものが「黒い何か」に変わっている可能性も考えていたが、そうではなく、「黒い何か」はドラゴンの体に異物として紛れ込んでいる。それなら、異物を取り除くことさえできれば。


「黒か白か、どちらがイイなんて言わないが。君には白の方が似合う気がするよ」


 由々はドラゴンの体に触れていた手を離し、体表を覆う黒い熱気にもいよいよ耐えられなくなってきたので、竜の背中から離脱する。

 ちょうど、ヒーリアが回り込んできてくれていて、由々の手を取って引き上げてくれた。


「ヒーリア、ドラゴン、助ける方向で検討したい」

「そういうことになる気はしていました!」


 ヒーリアが吸盤と高速移動で力をかけて固定する作業を解除していたので、暗黒竜は再び飛び立ち、由々とヒーリア、ドラゴンは一旦別方向へと飛翔する。


「愛姫子の力が必要だ。塔の上に向かってくれ」

「塔の屋上ですか? 愛姫子さん、また水路を戻ってくるのでは?」

「愛姫子は、くる」


 自分でもよく分からないが、由々には確信があった。先ほど感じた、ヒーリアとの無意識の繋がりとはまた違った感じ。愛姫子は、そのようにするだろうという穏やかな確信。離れていても、ずっと側にいて彼女のことは自分ごとでもある感じ。


「分かるんですね。では、塔の上へ!」

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