第二十二章「白翼竜との戦い」
最近凶暴になったドラゴンは、塔に近づくものに無差別に攻撃を仕掛けるようになったという事前情報であるが。
(僕たちは時間稼ぎ。こちらを認識させた上で、攻撃はしないで貰えたら一番ありがたいんだけどね)
しかし、由々の淡い期待はすぐに裏切られた。
白翼竜は向かってくる由々とヒーリアに気づくと、大きく翼を広げて力を溜めて、次の瞬間にはエネルギーを爆発させ、ロケットのようにこちらに飛んできた。
そのまま体当たりでも仕掛ける気かと思ったところ、ドラゴンはもっと攻撃的であった。
「
ヒーリアが左手を由々の肩に当てて、右手で
白翼竜は
「
ヒーリアが
正面からでは風の盾でも受け止め切れなかったであろう高出力のエネルギーなのは明白で、ヒーリアが由々を押して回避行動を取りながら盾を展開させて、かろうじていなしたかたちである。
由々も避けようとは思ったのだが、シルフの翼の扱い方はヒーリアの方が慣れている。ヒーリアが由々を庇うかたちで動いてくれなかったら、回避は間に合わなかったかもしれない。
続いて、白翼竜本体の
ドラゴンが通り抜けていく時に、目が合う。現実世界で犬や猫、あるいは馬といった動物の瞳と行動の関連を観察した経験からの推測に過ぎないが、攻撃的ではあるが混乱はしていない。何か強い意志で動いているような印象を受ける。
「斬ってみる!」
「こちらに引きつけます!」
由々が白翼竜を後ろから追い、ヒーリアはさらに上空へと向かって舞い上がる。
ドラゴンが旋回したところで、ちょうど上方からヒーリアの風の魔法が降りてくる。
「
ダメージを狙ったものではない。竜の意識をヒーリアに向けるためのものだ。強い風が吹き荒れドラゴンを飲み込むが、巨体に与えた影響は数ミリ後退させた程度だ。
白翼竜は翼を大きく広げ、目標をヒーリアに定めたが、その意識が上方に向いた隙を由々は逃さなかった。
一瞬、愛姫子の憂いの表情が脳裏をよぎる。
愛姫子はできれば白翼竜を傷つけないで事を終えたいようだったが。
(命を奪わないまでも、こちらの攻撃が通じるか把握しておく必要がある)
由々はドラゴンの左腕を斬り落とすつもりで斬撃を放った。
「水の神殿」では蜘蛛の魔獣を真っ二つにした由々の刀による攻撃であった。今回は、その時以上にノってる感覚すらある。
しかし。
(硬い!)
萬は、竜の体表に数ミリは食い込んだ。しかし、そこまでである。ドラゴンの筋肉本体までは斬り込めない。
これ以上ダメージを与えることに固執して白翼竜の間合いに留まれば、反撃で由々の方が危なくなるだろう。瞬時にシルフの羽を羽ばたかせて、由々はドラゴンの間合いから離脱する。
そのまま高速で、上空のヒーリアの元へ、ヒーリアの方からも由々に近づいてきた。
「由々君が斬りつけた時、魔力の波動が飛散したのが見えました。たぶん体表を防御魔法の類でコーティングしています」
「物理的な筋肉の硬さではないのか。攻略法って、ある?」
「本気でダメージを与える気なら、こちらも魔力剣で武装するしかないですね」
「愛姫子が水の魔法を僕の刀に
「風魔法剣ならできますが……」
短い作戦会議の間、白翼竜は大きな動きを見せず、空中に止まっていた。
皮一枚分のダメージではあったが、先ほどの由々の斬撃で受けた衝撃が収まるのを待っているのかと思っていた。が、驚くことに白翼竜は
「人、間。この澄んだ意志。善なる光を宿したものか?」
心に直接響いてくるような、不思議な言葉を発している。
「ドラゴンさん、ですかね? 暴れたり、人を攻撃したりするのをやめて頂きたいのですが」
こちらも、物理的に声が届かなくても、心の言葉で会話を試みる。由々としては願ってもない展開だった。対話で落とし所を探れれば、もちろん一番よいのだから。
「
「それは、清く正しく生きているからです!」
ヒーリアが、ドラゴンの問いに対してフワっとした回答を返す。
「ふむ……」
しかし思いの外、白翼竜には何かが伝わったようだった。
「汝らに、頼みがある」
白翼竜がそう切り出したのを聞いて、由々は前向きな気持ちになった。竜の頼みを聞いて、代わりに由々たちは石板を手に入れる。闘争に寄らない、理想的なゴールが可能かもしれない。
しかし、由々が抱いた理想的なイメージは、場に響き渡った荘厳な声で打ち消された。
──イカリノホノオガ、キエナイ。
「水の神殿」の蜘蛛の魔獣の時と同じだ。神々しい声が響き渡ると共に、山の方から高速の黒い光が飛んできて、白翼竜を直撃する。
「ヒーリア、距離をとって! 凶暴化する!」
白翼竜は、苦悶に満ちた大きな
暴走するかのような暗黒の波動が、竜を中心に収束すると、そこにいたのはもう「白」翼竜とは形容できない生物であった。
現れたのは、漆黒の巨体と翼をはためかせる、
「ドラゴンさん!」
由々は精一杯呼びかけたが、返事はない。
代わりに、暗黒竜は雄叫びをあげて、暗い怨念を宿したような風を周囲に発生させた。
由々は萬を構え直したが、その時脳裏に浮かんだのは、物憂げな表情で無理をして笑っている愛姫子のつくった笑顔であった。
由々は、ギュっと刀の柄を握りしめた。
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