第五部「風の塔で竜と対峙して人間と人魚が思ったこと」
第二十章「風の塔へと向かう朝」
◇◇◇
【異世界・リルドブリケ島:3999年――厄災の日まであと28日ほどと言われてる頃。】
眠りに落ちる前より、記憶が整理されている。これまでボヤけていた異世界にくる前の日の出来事が、くっきりと思い出せるようになっている。
(
そう言えば、こちらで目覚めた時から
それはそれとして、愛姫子の胸の内にじんわりと湧き起こってくる想いがある。
(和と、会いたいな)
由々とは行動を共にしているが、和も愛姫子にとっては長い時間を一緒に過ごした幼馴染なのだ。大魔との戦いで和の足が動かなくなって以降、ギクシャクとしたものを感じることもあったが、和が変わらずに愛姫子に向けてくれていた親愛の情に、今思うと愛姫子はずいぶんと救われていたのだ。
愛姫子が天井を眺めながら様々な想いを巡らせていると、部屋のドアが開いてヒーリアが入ってきた。先に起きていたようだ。
「おはようございます、愛姫子さん。よく眠れましたか?」
「うん。ちょっと、昔の夢を見てた」
「はっは。愛姫子さん、スッキリとした顔をしている」
「そう?」
「きっと、よい夢だったのでしょう」
「全体としては、そうかも。今、支度するね」
「由々君も、起きてましたよ。朝食をとりながら、最終ミーティングとのことです」
ヒーリアは愛姫子を起こしにきたのだろう。愛姫子が目覚めているのを確認すると、再びドアの向こうへ出ていった。
愛姫子は深呼吸して、ベッドの横に立てかけておいた
(私は今、この異世界にいて)
夢をとおして、和に会いたい気持ちが自分にあるのが確認できたのは良かった。神様になった和が言っていたという「歴史を『空想歴』に分岐させる」というのはまだよく分からなかったが、何らかのかたちでこの異世界から現実世界へと帰還した時、そこには和もいる気がする。
そのためにはこの異世界を救う必要があって、それにはまずは今日。
愛姫子が身支度を整えて一階の宿の食堂へと降りてくると、由々とヒーリアは既に席についており、テーブルの上にはパン、シチュー、サラダといった、シンプルではあるが美味しそうな朝食が準備されていた。
「おはよう愛姫子。なんか、イイ顔をしてるね」
「そう? まあ、今日は頑張ろうっては、思ってるよ」
愛姫子が席について「いただきます」をすると、朝食件、本日の作戦の最終ミーティングが始まった。
とはいえ、ほとんどは昨日の晩のうちに済ませてあるので、本当に最後の確認という感じだ。
昨晩ロビホンから頂いた「風の塔」の構造図を見たところ、塔は海面に
海面の塔の方は、最近凶暴になった白翼竜が守護している。正面突破をしようとすれば、激しい戦いが避けられない。
そこで、由々、愛姫子、ヒーリアが立てた作戦はこうだ。
由々とヒーリアが白翼竜を引きつけている隙に、海中の入り口から愛姫子が塔の内部に入って、石板を手に入れて帰ってくる。つまり、愛姫子が重要な役割を担っている。
海中の入り口からは普通だったら入れないが、愛姫子は人魚である。昨日のうちに塔の構造図は頭に入れているが、人魚モードでトップスピードを出せば、短い時間で海中の入り口から中に入るのは可能であるように思われた。
加えて、昨日の作戦立案の時点で、もしこのルートで塔の中に入って石板をゲットできれば、白翼竜は倒さなくても済むかもしれないという期待を愛姫子が持っていることも、事前に二人に伝えてある。
ギルドを通して受け取った依頼は白翼竜の沈静化ないし打倒であったが、由々と愛姫子の本質的な目的は石板である。愛姫子としては、無事石板が手に入るのなら、できれば白翼竜を殺したくもないし、傷つけたくもない気持ちがあるのだ。
「愛姫子」
おおむね作戦の最終確認を終えると、最後に由々が言った。
「海中から塔の中に入った後は適宜愛姫子の判断で行動してもらうことになるけど、もし危険があるようなら、
「私、使うよ。
「たとえば魔物が襲ってきたとして、殺す気で使ってくれって言ってる」
「あ、うん」
少し返事が曖昧になってしまったが、愛姫子としても分かってるつもりだ。水の神殿で、迷いなく蜘蛛の魔獣を殺した由々のことを思い出す。由々にとって愛姫子は最も優先される存在で、由々がいない時は、あの時魔獣を殺した由々くらいの気概で、愛姫子自身が愛姫子を守れということを言っているのだ。
「大丈夫。私、この世界を救って、また和にも会いたいし」
そう答えた愛姫子に対して、由々は目を細めた。おそらく、自分の妹のことに想いを馳せているのだろう。
朝食とミーティングを終えて、いよいよ作戦に向けて席を立つ時、由々が言った。
「僕も、もう一度和に会いたいよ」
いざ、海へ。「風の塔」へ。
和への気持ちを共有しているのを嬉しく思いながら、愛姫子と由々はお互いの目を見て頷き合った。
こうして、「風の塔」の戦いの一日が始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます