第十四章「ツノから電波を受信している(?)店主との会話・下〜推しとの縁に想いを馳せる」

「そんな!」


 愛姫子あきこが、思わずその場で立ち上がった。愛姫子の心の中心にあるものをざわつかせる話であるのが、由々よしよしには分かる。


「生きていい存在と、死んでいい存在が、決まってるなんておかしいわ」


 愛姫子なら、こう言うだろう。由々は無論、愛姫子に同意する。一方で、今は正確な情報を集めるべき時であった。


「『生存券』が送られてくるかどうかは、ランダムなんですか? それとも、アスガル様が送る『存在』を選んでいる?」

「『天啓』というかたちをとっている。アスガル様の妹君のソフィアティーヌ様は神の声が聞ける聖女だからな。生きるもの、死ぬもの。神様に選ばれるってわけだ。だが、もっぱらアスガル様が独断で選んでるって噂だよ。ま、そう思っちゃう状況だよな」

それがし、アスガル様もソフィアティーヌ様も、どうにも悪とは思えないでありますがな」

「それは、俺たちが『生存券』を持ってる側だからって話ですぜ。ロビホンの旦那のところにも、送られてきたんだろう?」

「その通り。送られてこなかった側からすれば、アスガル様もソフィアティーヌ様も、そして我々も恨みの対象となりますかな。もっとも、某は『避難所』には行きませんが」

「どうして!?」


 自然に語ったロビホンに対して、愛姫子が目を丸くして言った。


「この土地を。コルピオーネを愛しているからですぞ。ここで、死にたいのです。我が人生の祝福の近くで、眠りにつきたいのですぞ」


 ロビホンの瞳が澄んでいたので、愛姫子は黙った。ダンダルダンの目はラーファンのものよりも大きくて、つぶらだ。ロビホンは彼にとって大事な気持ちを言葉にしている。


(郷土への愛か。全てが上手くいって、現実世界に帰れたとして。僕は「Sエス市」に骨を埋めたいとまで思えるだろうか)


「これだよ。俺は『避難所』に行くつもりだがね。とはいえロビホンの旦那を残して行きたくもない。だからね。マーメイヤ様がいてくれたなら、もっと何かイイ解決をしてくれるんじゃないかと思ってしまうのさ。『厄災』そのものをブッ飛ばすみたいな、さ」

「はっは。マーメイヤ様は神様ではありませんぞ。どこかへと帰られる代わりに、希望を残していったのです。このコルピオーネにもそう、風の加護を」

「風の塔の解放コンサートの現地参加勢は言うことが違うね。その風の加護も、氷炎女王のせいで、怪しくなってきた最近だろうに」


 ロビホンとディンディンの会話のキャッチボールから、かなりの情報を拾うことができた。そろそろこの地に来た目的について話をするべき時だろう。


「実は僕たち、マリージヤのギルド経由で、『風の塔』の白翼ホワイト・ドラゴンに対応してほしいって依頼を果たすために来たんです。状況を教えて頂けますか?」

「なんだい。『風の塔』の件で来た冒険者だったのか。だいたいは、依頼書のとおりさね。塔と街を守護していたドラゴンがここ最近暴れ出した。鎮めることができればイイんだが、できないなら倒すしかないってね」

「でも。これまでは守ってくれていたんですよね!」


 愛姫子が、興奮した様子で言った。

 気が昂っていたからだろうか。愛姫子の左瞳、「人魚のマーメイド・天眼サファイア」が光を強めてしまう。


「あ。すいません。体質で。落ち着け。落ち着け私〜」


 愛姫子がゆっくりと息を吸って吐いてを繰り返す。徐々に、左瞳の光は落ち着いていった。

 由々は、ようやく出されていた飲み物・リディアに口をつけた。まろやかな甘みが口に広がる。現実世界の、カルピスみたいな感じ。


「愛姫子。これイイよ。一口飲んで落ち着きなよ」


 愛姫子は言われるままにコップを両手で持って、静かにリディアを飲んだ。


「あ、美味しい」


 愛姫子の様子を見ていたロビホンが、感じ入ったように言った。


「運命を感じておりましたぞ。店の扉を開けて、あなたが入ってきた時から」

「え?」

「マーメイヤ様と同じ、瞳の光」

「『人魚のマーメイド・天眼サファイア』の、こと?」


 ロビホンは店の天井を見るように顔を上に向けた。涙が零れないようにしているらしい。


「このロビホン、実は推しがこうじて、マーメイヤ様に会ったことがあります」

「マジかよ!?」


 ディンディンが驚いたように声をあげた。


「ええ。ええ。最後の戦いに赴く前に、マーメイヤ様は私に伝言を残しました。『風の塔』のことは、某に頼むことにすると」

「詳しく聞いても、イイですか?」

「このロビホン、由々殿と愛姫子殿、ヒーリア殿が良き人なのはもう十分に分かっておりますが。それだけでは、まだ語れませぬ」

「というと?」

「マーメイヤ様の伝言は、『厄災』にまつわることでした。『厄災の正体と石板の意味』についてであります。優しいだけでは、手に負えぬこと。強さもまた、必要であることであります」


 まさに由々と愛姫子が求めていた情報だった。世界を救うとは、どういうことなのか。なぜ、水の妖精ウェンディゴンは石板を集めるように言ったのか。


「どうすれば、話してくれますか?」

「強さを示してほしいのですぞ。マーメイヤ様と同じ瞳を持つあなた。これから先に、あなたに必要なことだから。ええ。ええ。ドラゴンを鎮めて頂きたい。『厄災』の日が近づくこの時に、あなたが現れ、『風の塔』に行くという。もう、ほぼ分かっております。でも、確信がほしいのですぞ。本当に、あなた達なのだと」

「分かりました」


 由々は即答した。


よしちゃん?」


 由々は愛姫子とヒーリアの顔を交互に眺めて。


「もともと、そのつもりだったろ? タイミングだと、僕は思うね」


 それに、ロビホンは愛姫子を大事に想っているのだということが由々には十分に伝わってきていた。けしかけて、ドラゴンの問題を解決してもらおうというような打算的な気持ちではない。まだ、確かなことは分からない。でも、愛姫子の「人魚のマーメイド・天眼サファイア」が輝くのを見た時、彼は今日この日に「運命」を感じたのだ。


「そう、だね。強さって、自信ないけど。石板のことは置いておいても、ドラゴンのこと、何とかしたい気持ちは持ち始めてたの。やろうか」

「私は、精一杯お手伝いするのみです! フフ! さしずめ、ロビホンさんの推しがマーメイヤ様なら、私の推しは、由々君と愛姫子さんなのでしょう!」


 話は決まった。


「明日。『風の塔』とドラゴンの攻略に向かいます。ロビホンさん、ディンディンさん、状況について、知ってることの情報提供をお願いできますか?」


 かくして、明日の戦いの作戦会議が開かれた。

 夜と呼ばれる時間まで入念に行い、結局、その日はロビホンさんのお店に併設された宿屋で休むことになった。

 今度は、由々は一人部屋、愛姫子とヒーリアが一つの部屋というかたちで部屋をとった。

 由々が自分の部屋に入ろうとした時に、連れ立って歩いてきた愛姫子が言った言葉が印象に残っている。

 愛姫子は神妙の面持ちで。


「私、ドラゴンさんには理由がある気がするの」


 と言った。

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