第十二章「ツノから電波を受信している(?)店主との会話・上〜異世界の三つの種族について」

 由々よしよしは、愛姫子あきこが元気に海を泳ぐ姿を見て、思いのほかワクワクとした前向きな気持ちが自分に湧いてきているのに気がついた。


(浮かれすぎないようにしないとな)


 海から上がって人間モードに戻った愛姫子とヒーリアと連れ立って、まずはコルピオーネの街中で情報収集をすることとする。ちなみに、愛姫子は人魚モードから人間モードに変わると服はそのままで、体も乾いているので濡れねずみになっているというようなことはない。


「情報収集といえば、やはり酒場ですよ!」


 ヒーリアが生き生きとした表情で、次に向かう場所の提案をする。

 由々も提案に乗るのはやぶさかではないが、ただ、由々も愛姫子も未成年であった。この異世界で、お酒を飲むことに年齢制限があるのかはまだ分からないが。

 海に直接面した一番下のセットに展開されてる街から、なんとはなしに階段を上がって、二段目のセットに広がる街へと向かってみる。この二段目のセットの街が、一種の歓楽街の領域であるようだった。

 コルピオーネの街の外観は、現実世界でいう白い大理石で作られたような建物が並んでいて、全体として街そのものが「白」で統一されている。

 そんな白色の建造物が並ぶ中、人々が行き交い、建物から漏れ出る光はどのお店もかなりの活況をていしているのがうかがわれた。

 夕方の時間帯になった街を、三人でしばらく歩いていたが、やがて一つの酒場の前で愛姫子が足を止めた。


「ここな、気がする」


 由々としても、何か店の中からよい「気」のようなものが流れているのを感じる。それ以上に、愛姫子が直感が鋭い女であるのは、由々がよく知るところであった。


「じゃ、入ろうか」

「わーい。ごはんごはん〜」


 ヒーリアが率先して扉を開けて、酒場兼食堂のような建物の中に入っていく。


「いらっしゃい。ですぞ!」


 三人をむかえてくれたお店の主人は、特徴的な外見をしていた。

 もこもことした恰幅かっぷくのよい体型、灰色の肌の色。そして、丸い顔の左右に角が生えており、角はやがて上を向いてアンテナのようになっている。何か、電波を受信してるみたいな?


「ダンダルダンを見るのは、初めてですか?」


 と、ヒーリアが愛嬌よく話しかけてきた。


「ダンダルダンって、何?」


 愛姫子が、由々の頭にも浮かんだ疑念を伝える。


「愛姫子さん。由々君。フッフ、この世界のことをよく知らない。事情がある不思議な人たち。イイですよ。私が解説して差し上げましょう」


「ダンダルダン」と呼ばれた店主は、じっと見つめられながら、あまつさえ長い語りをはじめたヒーリアを特に不快に感じる様子もなく、静かに待ってくれている。


「この世界の人間には三つの種族がいるんですよ。ダンダルダン、ミフィリア、ラーファン」


 由々としても興味深い内容なので、ヒーリアの話を静聴することにする。


「ダンダルダン、はズバリ店主さんの種族ですね。力持ちで手先が器用。技術職にいてる方が多くて、我々ラーファンと比べると長命です。200歳とか300歳くらいまで生きます。店主さん、差し障りがないようでしたら、お幾つですか?」

それがしの名はロビホン。今年で、117歳ですぞ!」


 ダンダルダンの店主さん改めロビホンさんが言った。


「年齢の話が出たんで、次のミフィリア。こちらは、もっと長命です。一説には1000年くらい生きるとも言われています。あと容姿が美しく、魔法の力も総じて高いです。ですが……」

「ですが?」


 適切な表現を探すように考える素振りをしたヒーリアに、愛姫子が次の言葉を促す。


「ミフィリアは、この島には今はもうほとんどいません」

「それは、どうして?」


 由々が尋ねる。すると、その問いにはヒーリアの代わりにロビホンさんが答えてくれた。


「1000年前の『厄災』の時に、ミフィリアの多くは滅びた、と伝えられているのですぞ! 伝承にいわく、聡明で美しかったが、ミフィリアは『避難所』に入ることができなかったと」

「ふーむ?」


 由々の頭に浮かんだのは、現実世界の歴史のことだ。由々たちの世界は戦いの歴史であり、災害の歴史でもある。滅びた人種・民族というのは存在する。滅びないまでも、もはや少数しかその人間のグループの背景を伝承し得ない人々というのもいる。


「最後に、ラーファンは私や由々君や愛姫子さんですね。一番多いんで、由々君がこれまでこの島で出会ってきた人間の大部分はラーファンだと思ってください。手先が器用でもなく、魔力もそんなにはなく、寿命も長くはありませんが……」

「ありませんが?」


 由々も考える。自分達の特徴とは何だろう。


「知恵と工夫で、がんばる種族です!」


 なるほど、身も蓋もない感じもするが、確かに様々な困難には知恵と工夫で立ち向かっていくしかない。ラーファンという言い方はともかく、由々達の現実世界の人間もそのようなものだという感想を抱く。


「はっは、お見受けするに異郷から来られた方々。カウンターの席はどうですかな? そこなら、このロビホン、トークで色々お伝えできますゆえ」

「そうしましょう! こちらのロビホンさん、私がこれまで出会ったダンダルダンの中でも、何か良いオーラを感じますので!」


 断る理由はなかった。長く生きているダンダルダンであるロビホンさんからなら、色々な情報も聞けそうだという実利にも頭を働かせる。

 カウンターには一人、ロビホンさんの友人らしい壮年の男がジョッキを片手に座っていた。冒険者風の風貌で、体には筋肉がついている。白髪で片目を髪で隠しているのが特徴的だが、由々達と大きくは違わない姿をしているので、ラーファンであろう。先ほどの由々達の話も聞いていたようで、片腕を上げて挨拶をしてきた。


「俺はディンディン。ま、ロビホンの友達さね。エール酒でいいかい?」

「や。ラーファンでも若年の方々。ここは、リディアがよいと思われるのですぞ。ストレス発散で酒を飲むのは、ディンディンのような擦れた大人になってからでよいのですぞ」

「よー言うよ。少年、お嬢さん方、こちらの『ドスケベ・ロビホン』。女子も含めたうら若きラーファンたちに知識を披露して、自分の文化に引き込みたい欲求が強いんだから、気をつけなさいよ」

「違うって言ってるでありましょう。それがし、『光のロビホン』ですぞ。マーメイヤ様から、そう呼んで頂いたのですから」

「マーメイヤ……様にあったことがあるんですか? あ、飲み物はリディアというものでいいです」


 ディンディンとロビホンの会話のキャッチボールに流されそうになったが、そこには、愛姫子が食いついた。

「マーメイヤ」、七色プリズム・の杖ロッドを引き抜いた時に愛姫子の頭に響いたという言葉だが、水の妖精との会話やギルドでの受付嬢が語っていた内容を思い出すに、何らかのこの世界では有名な人物名であるところまでは推測していた。


「ロビホン、マーメイヤ推しだったって話だからね。俺、その頃生まれてないけど」

「はっは。このロビホン、『光の城』で行われたマーメイヤ様の『結婚の儀』にも参加していましたからな」


 その時、頭の左右から伸びているロビホンさんのツノがピカーンと光った。

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