第三部「風の街へ行こう、この三人で」

第十章「明るい召喚士の少女との出会い」

 東の街道──コルピオン街道は広くて舗装されていて、さながら現実世界の高速道路のようであった。ここを、黙々と三日歩けば、コルピオーネの街に着く。


(とはいえ、三日の徒歩移動はけっこう体力を使うわね)


 こちら、半分は人魚である。足を使って歩くのは得意な方ではないのだ。

 などと愛姫子あきこが考えを巡らせていると、どこからか風が吹いてきた。


「おっと?」


 由々よしよしが体を揺らす。風は横から吹いていたと思ったら、今度は下からも吹いてきて、由々のボレロを巻き上げて飛ばしてしまった。


「何々!?」


 一方、愛姫子は風でまくし上げられないようにスカートを手で押さえる。


「じゃーん」


 その時、天に向かって跳躍する人影が一つ。影は、飛ばされた由々のボレロを空中でキャッチした。

 着地した影が、ふわっと前髪を揺らめかせながらこちらに振り向いて、ニッと白い歯を見せる。

 影は、少女であった。


「ヒーリア・マクダニヴィッツ・ラグウェル。冒険者でっす」

「ええと。初めまして? ヒーリアさん?」


 由々が落ち着き払った様子で、現れた少女に返事を返す。


「私を仲間にして欲しいんです。由々君。愛姫子さん!」

「どうして、私達の名前を?」

「昨日、ギルドでお目にかかったのですよ。七属性の、そう──愛姫子さん!」


 確かに、属性テストを受けた時、七属性の愛姫子は人目を引いた。あの時の周囲に、このヒーリアという少女もいたのだろうか。


「私、追ってきたんです。そう、運命を感じて!」

「運命?」

「はい。ギューンって、感じちゃいました!」


 溌溂はつらつと好意のオーラを向けてくる女の子は、小柄でちょっと小動物のような愛くるしさを携えている。

 枯淡こたんな渋みを帯びた銀の髪に黒のカチューシャを付け、くっきりとした黒い瞳でこちらを見つめている。

 髪の両サイドは肩のあたりで切り揃えられている。前髪だけ適度に乱しているのがカッコよく、全体としては躍動的な印象を受ける。

 薄いグレーの衣服は絹の質感で、控えめな乳房の肢体を包んでいる。そのどこか和風の上衣の上から、白いジャケットをガフっと羽織っている。

 下はフレアスカートに近いが、シンボリックな模様が編み込まれた、宗教性を感じさせる意匠となっている。

 目につくのは、少女が左手に装着している大きな盾のような武装である。

 まず、素材が馴染みない。はがねのようでもあるし、一方でアルミのような軽さも備えているように感じる。円形をかたどった宇宙船のような中心部位に、着脱可能な三つの小型武器が糸で結び付けられている。糸の先端の武器はそれぞれ、日本のニンジャが使うようなクナイ、教室の黒板にあるようなチョーク、そして吸盤きゅうばんである。

 それだけでも奇妙な武装であるが、中心部位にこれまたパージして飛ばすことができるのであろうひし形のカイトが付随してるのが、さらに全体の不思議さを高めている。

 愛姫子の視線に気づいたのか、ヒーリアがその謎の武器を掲げて言った。


万能のシルフレッド風の型・スター、気になりますよね? いずれにせよ、私の能力は紹介しなくてはいけません。一つ、手合わせといきましょう」


 ヒーリアが前傾姿勢になって、不思議な武装─万能のシルフレッド風の型・スターを構える。

 すると、強い風が由々と愛姫子に向かって吹いてきた。

 風が帯びているエネルギーの質に、愛姫子は心当たりがある。水の神殿で魔法が使えるようになってから感じている、オーラのようなもの。


「これは、魔力?」

「私の属性は風! 以後、お見知り置きを!」


 風が由々と愛姫子が立っていた位置に収束し始めたので、由々は右に、愛姫子は左に、飛び退いて危機を回避する。


「トルディオ!」


 ヒーリアの声が響き渡るのと同時だった。たった今まで由々と愛姫子がいた場所に、竜巻が巻き起こる。

 さて。この大胆な風による攻撃をおこなった本人は? 愛姫子がヒーリアの位置を確認しようとすると、既に元いたところにはいなかった。

 しかし、愛姫子はヒーリアから発せられる魔力を探知して位置を把握することができた。


「上!」


 なんと、ヒーリアは巻き起こった風に乗って上空へと舞い上がっていたのだ。


突撃チャージ!」


 さらに風を操って、天からの落下攻撃を由々に向かって敢行する。

 ヒーリアの武器、万能のシルフレッド風の型・スターの重厚な円形部分が、圧殺せんとばかりに由々に迫る。

 その攻撃に対して、由々は一瞬刀を構えたが──。

 あるいは、由々が身につけている「奥義」の類なら、万能のシルフレッド風の型・スターごとヒーリアを真っ二つにするということもできるのかもしれない。

 しかし、由々は引いた。刀は握ったまま、バックステップでヒーリアの落下攻撃から距離をとる。

 再び、巻き起こる風。風に突撃の威力は緩和され、ヒーリアは地面に激突することなくふわりと着地に成功する。

 その時だ。

 ヒーリアの視線が由々の方を向いていたので、油断した。万能のシルフレッド風の型・スターのクナイの部分が、愛姫子めがけて飛んできたのだ。

 愛姫子が慌ててクナイを七色プリズムの杖・ロッドで防御すると、弾かれたクナイは生き物のように空中を動き回り、そのまま付随する糸で杖をがんじがらめにした。

 ニッと口角を上げて愛姫子の方に向き直ったヒーリアが、続いて万能のシルフレッド風の型・スターの先端に吸盤がついた糸を飛ばしてくる。

 こちらは、杖を持っていない左腕で受けようとしたが、そのまま愛姫子の左手の手の甲にピタッとくっついてしまった。


(トリッキーな動き!)


 愛姫子が僅かに気を抜いてしまっていた自分を自省しながら、躍動するヒーリアの振る舞いの感想を心の中で述べた時だった。

 愛姫子の頭の中に、吸盤をとおして言葉が響いてくる。


(「ええ。ええ! 愛姫子さん。あなた、純粋な人!」)


 思念の類であろうか。ここは魔法がある世界である。今更驚くことはないが。

 律儀に応答することもないのだが、言葉のキャッチボールをしながら杖を振り抜く。


(「そういうあなたは、何か考えてるわね!」)


 七色プリズムの杖・ロッドに意識を集中して魔力の波動を放つと、吸盤は剥がれ落ちた。

 ヒーリアが吸盤を万能のシルフレッド風の型・スターに回収し、次の動作に移ろうと足を一歩踏み出そうとした時だった。

 ヒーリアの前進は、二歩目には続かなかった。

 由々が、愛姫子とヒーリアの攻防の隙をついていつの間にか接近し、日本刀の切っ先を少女の首筋にあてていたのだ。


「さすがです。由々君」


 空気が弛緩し、お互いに「腕試し」は終わったのだという認識に至る。由々は刀を下げて納刀し、ヒーリアもボレロを由々に返す。

 受け取ったボレロをかぶり直しながら、由々がさらっと言った。


「よし。ヒーリア。一緒に行こう」

「ええ!? 大丈夫!?」


 今の攻防で由々は何を受け取ったのか。何だかヒーリアに対して全肯定であるような、穏やかなまなざしを向けている。


「愛姫子は、ヒーリア嫌い?」

「そうじゃないけど。むしろ可愛いって思ってるけど。ただ……」

「ただ?」

「この子、明るい子だよ? 面倒な私やよしちゃんとは違うタイプだわ」

「愛姫子。僕はともかく、自分が面倒な女だって自覚あったんだね」

「私、ポジティブさが前に出てる子とは学校で距離を取ってたのよ」

「そんなこと言わないで、仲良くしましょうよ〜。愛姫子さん〜」


 おもむろに、ヒーリアが愛姫子に抱きついてくる。やっぱり、人と触れ合うことに積極的なタイプ。近い! いきなり、距離が近い!


「でも、異なるタイプ同士が力を合わせた方が全体では大きい力が出せるっていうのも、仲間パーティを考える上で基本的な考え方だ。僕と愛姫子だけでは行き詰まるような時、ヒーリアはどーんとなんかやってくれそうじゃない」


 理性的に言葉を紡ぐ由々であったが。


(アバウトな期待で仲間に引き入れようとしているなぁ)


 ……というのが愛姫子の感想である。


「それに」

「それに?」

「ヒーリア、なんか他人なような気がしないんだよね。タイプは違うけど、波長は僕たちと合ってると思う」


(ついに「波長」とか言い出すのね。でも、なんか分かる部分もあるかも)


 愛姫子としても、こうしていきなり至近距離でスキンシップをされているが、不思議と悪い気はしていない。


「分かったわ。これも何かの縁だったと、解釈してみることにする」

「そうそう。大体の出会いはご縁だって言うし」

「良縁とは限らないけどね」


 さて。

 由々と愛姫子のやり取りを見守っていたヒーリアは、自分が受け入れられたことに破顔してみせた。


「街道を行くのでしたら、移動手段があった方がよいでしょう!」


 おもむろにヒーリアは、万能のシルフレッド風の型・スターに付随するチョークで空中に円を描いた。

 ほどなく、宙に描かれた円は黄金の光を放ちはじめて……。

 やがて、円の中から、勢いよく一頭の馬が飛び出してきた。

 ただの馬ではない。翼がある。


「ペガサス!」


 愛姫子が高揚を伴った声を出す。人魚の自分が言うのもなんだが、本当にファンタジーな存在が出てきたぞ。

 ヒーリアは現れたペガサスに勢いよく飛び乗ると、由々と愛姫子に向かって手を差し伸べた。

 明朗な声が、世界に響く。


「改めまして! 召喚士・ヒーリアです。仲良くしてくださいね!」

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