第九章「久しぶりに同じ部屋で一緒に寝るということ」

 ギルドから半刻ほど歩いたところで、雰囲気のよい宿屋を見つけたので、入ってみることにする。

 ドアを開けると、一階は食堂になっていて程よく賑わっている。まだ外は明るいが、お酒をたしなんでいる者たちもいる。

 中央に大きな掲示板があり、様々な「依頼」が張り出されている。冒険者向けのミッションの仲介をする場というのも確かであるようだ。


「石板について何かご存知ありませんか?」


 恰幅かっぷくのよい店の主人に話しかけてみる。


「風の塔の石板かい? それなら、ちょうど先日依頼が入ったところだが」


 さっそくの当たりである。どうやら「石板」はこの世界では有名なものであるらしい。


「コルピオーネの風の塔の番人の白翼ホワイト・ドラゴンだがね。ほら、例の現象だろう。凶暴化してるっていうんだ。街の人の連名で依頼が入っているよ。竜の沈静化、ないし討伐。ま、かなり上級者向けの依頼になるがね」

「その風の塔に、石板があるんでしょうか?」

「マーメイヤ様の石板だろう? 塔の中にあるって話だ。ま、見たものはいないがね」

「それはどうして?」

白翼ホワイト・ドラゴンが番をしているからね。この百年、塔の中に入ったものはいないだろう」

「でも、石板はあると」

「塔から風が吹いているからね。石板の力であろうと、コルピオーネの人たちは百年まつってるってことだよ」

「なるほど」


 愛姫子あきこに目配せして、頷き合う。


「その依頼、受けます」

「本当かい? ふーむ」


 由々よしよしと愛姫子を見定めるように視線を向ける店の主人に、冒険者カードを見せる。


「新人冒険者か。って、『七色プリズム・魔道士ウィザード』。本当にいるんだな」


 主人は少しばかり考えた後に。


「そっちのお兄さんも、ただ者じゃないね。イイだろう。新人だとかベテランだとかより、実力だ。コルピオーネの人たちが困っているのは本当だ。助けてやってくれ」


 事務手続きを済ませ、コルピオーネには明日経つことにする。今夜は、この宿に宿泊である。

 ちなみに、宿代は交渉して成果払いにして貰った。宿の主人は融通が効く性質らしく、了承してくれた。


「せいぜい、死なないでくれよ。ツケ払いがあの世に持っていかれて回収できないのは困るからな」


 軽い調子とは裏腹に、まなざしは本当に心配してくれているようだった。数々の冒険者を見てきたというような、熟成を感じさせる佇まいの人物である。帰らない冒険者を見たくはないという、自然な慈しみを持ち合わせている人間のようだった。


 ◇◇◇


 夜、愛姫子は寝付けないでいた。

 コルピオーネの街は、ここ、マリージヤからは大きな街道を東に向かって徒歩で三日ほどでたどり着く海辺の街であるらしい。

 体力を蓄えておこうと、本日は早めに寝ることとしたのだが。


よしちゃんと、同じ部屋で寝るの、すごい久しぶりな気がする)


 現実世界では、幼少期こそ一緒の部屋で寝たことがあった気がするが、色々と二人の間に過酷なことがあったので、距離は自然と離れ、ここ数年は同じ部屋で夜遅くまで過ごすということもなくなっていた。

 今、隣り合ったベッドで由々と同じ部屋で一夜を過ごすというのは、少し不思議な感じだ。

 由々が同部屋で宿泊する手続きをとった時、少し意識した。年頃の男女である。そして昔、そう昔、好きだった人だ。

 分かってる。ここが異世界で、どんな危険があるかも知れないから、安全のためにごく自然なこととして、同じ部屋に泊まることとしたのだろう。彼は合理的なところは、とても合理的な男だから。

 ちょっとだけ上体を起こして、横のベッドの由々の寝顔を確認する。


(もう、寝てる?)


 何も警戒されていないようだ。由々にとって自分は、まだ安心して寝顔をさらせる存在なのだということに、安堵の気持ちが湧いてくる。

 もう戻らない、昔日に想いを馳せる。

 そうだ、子供の頃はよく一緒に眠っていたのだ。深いところで、運命の糸のようなもので結ばれていたと信じていた三人で。

 由々と、愛姫子と、そして──


(──のどかと)


 ◇◇◇


 愛姫子は夢は見ていた。

 目の前にいる可憐な少女は、由々の妹の和だ。

 和はテーブルの上に大きな紙を広げて、何か呪術的な紋様を描き込んでいる。

 車椅子に座っているから、もう、足が動かなくなった後の頃だろう。

 和が彼女の内面世界を紙に描き出すのに没頭しながら、言葉を零す。


「何度も、壊したくなるの。これでは、まだ足りないって思っちゃう。こんなものしか創れない私じゃ、価値がないって。これでは、愛は私じゃない他人だれかのところに行っちゃうって」


 愛姫子も、自分の心の内側を吐露する。


「そんな。愛って、自分の価値を証明しなくちゃ、手に入らないものなの?」


 だとしたら、どこか悲しい。


「そう。そうだね。そんなのは、本当の愛じゃないね。理屈では分かっているのに、私にはに落ちて信じることができないんだ」


 和は没頭状態から意識を引き戻して、愛姫子に向き直って告げた。


「ねえ。ねえ、愛姫子さん。いつか、愛姫子さんが私に『真実の愛』をみせてくれない?」


 今の愛姫子には、途方もない話に聞こえることを言う。


「価値を証明しなくても手に入る愛か。ソレって、『無償の愛』ってことだね」

「そう。ソレだよ。ソレを私が見ることができたなら」

「できたなら?」


――そうだね。


 和は、こう言った。


――全ての空想は、救われる気がするんだ。


 /第二部「雪の剣士と七色魔導師」・完


 第三部へ続く

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