第八章「戦争に参加するかどうかの決断について」
一連の手続きを終えると、冒険者カードが発行された。
大きさ、カタチ、材質といい、現実世界の運転免許証のようなカードであった。
職業の欄には、
「『
愛姫子が受付のお姉さんに尋ねる。
「これ、最上級職を超える、伝説の職業なんですよね。歴史上、マーメイヤ様しかいない職業なので私も戸惑っているのですが、七属性の人には『七色魔道士』と記述するようにとマニュアルにも書いてあったりでして」
ざっと説明を受けると、冒険者の職業には普通職、上級職、最上級職の三つがあり、由々の「剣士」は普通職だという。「七色魔道士」はその三つのカテゴリには当てはまらない、破格の職業だという。
「『召集』への登録は? どういたしますか? 七属性の方には、『同盟』としてはぜひ登録してほしいと思いますが」
気になっていたキーワードがまた出てきた。ここは、しっかりと尋ねておくべきだろう。
「その『召集』というのは?」
「『召集』に登録すると、『奪還同盟』がきたるべきイストリア城奪還作戦に向けて集めている軍勢に、戦士として登録することになります」
「その、『奪還同盟』とか、イストリア城とかいうのは?」
受付のお姉さんが、目を丸くして
それくらい、この世界では誰もが把握している社会情勢なのだろう。
「めっちゃ、田舎から出てきたもので。すいません」
異世界から来たとは言いづらいので、ここは田舎から出てきた冒険者希望の若者二人という
「『
「その辺りから話して頂けるとありがたいです」
「十年前に王位を継承して以来、救世王・アスガル様の統治のもと、リルドブリケ島は平和な時間を過ごしていました。それが、半年前、まさに千年に一度の『厄災』が訪れるとされる『双陽期』に入った時です。太陽が白陽と黒陽に別れたその日、かの者は現れました。
受付のお姉さんは、要点を押さえながらここ半年の間に起こったリルドブリケ島の動乱について解説してくれる。
「イストリア城は一日にして陥落し、アスガル様は野に降られました。以来、イストリア城の支配者となった氷炎女王は、山の上から黒い光を大地に投げ放っています。島中の魔物が凶暴になっているのは、氷炎女王の影響であろうとみなが思っているところです」
「イストリア城っていうのは、島の中央の山の上にあるのですね」
「リルドブリケ島の王家が居城でありましょう。ブレドニア湖に浮かぶ、通称『光の城』のことです」
山の上の湖というのは、火口湖であろうか。いくつかの知見がつながってきた。水の神殿で蜘蛛型の魔獣と戦った時、確かに山の方から黒い光が飛んできて、魔獣は凶暴化した。あの光は、氷炎女王が放っていたということか。
「アスガル様が王城の奪還のために現在組織中なのが、『奪還同盟』です。落ちのびた兵士たちに加えて、腕に覚えがある冒険者たちも集めているというわけです。リルドブリケ島の危機ですから、島中に『召集』がかかっているのです。きたるべき、奪還作戦の日に備えて」
島の危機か。狭間の城で神様になった和は世界を救えと言っていたが、この氷炎女王による「双陽の乱」にまつわる動乱状態を治めることが、例えば世界を救うことになったりするのだろうか。
「奪還作戦の日は、もう決まっているのですか?」
「敵に知られてはならないですから、明示はされていません。ですが、予言にある『厄災』の日の前には決行するのであろうと皆が思っています」
「『厄災』の日?」
「リルドブリケ島に伝わる、古い伝承でありましょう。一千年に一度、大きな『厄災』が訪れる。予言されたその日まで、あと一ヶ月。氷炎女王が動くとしたらその日であろうと、皆がそわそわとしているのです」
大まかなこの島の状況が分かってきた。端的にポイントを押さえるなら、氷炎女王の勢力と救世王・アスガルの勢力との内戦状態なのだ。そして、決戦の時は近い。
由々よりも一歩下がって受付嬢の話を聞いていた愛姫子が、由々の服の袖を
「
「愛姫子は、どう思う?」
「それ、戦争に参加するってことだと思う」
「うん」
正確には、決断しないことを決断したことを受付嬢に伝える。
「保留、ですね。改めて登録させて頂きたいと申し出る可能性はありますが、何分田舎から出てきたばかりでして、まずは、腕試しを兼ねて小さなことをコツコツやっていきたいと思ってまして」
「そうですか。新米冒険者向けのミッションですと街の方に出て頂いて……宿に併設された酒場がギルドの支店を兼ねていますので、そちらをあたってみるのもよいでしょう」
「ありがとうございます」
そうして、由々と愛姫子はとりあえず冒険者カードを受け取っただけで、ギルドを後にした。
雪の剣士と七色魔道士としての、異世界での冒険者生活が始まったのだ。
ギルドの外に出て、街の宿を目指して前を歩く由々に、愛姫子は話しかけた。
「由ちゃん。保留って……どうしてはっきりと断らなかったの? 私、戦争に参加なんかしたくない」
「僕だって、戦争に巻き込まれたくなんかない。ただ、可能性は残しておく場面だと思ったんだ」
「可能性?」
「世界を救うことが僕たちの目的だろう? もし、氷炎女王を打倒することこそが世界を救うことなんだと確信が持てたとしたら、その時は『召集』に登録して戦うこともあり得るとは思ったんだ。でも、何をもって世界を救うと言えるのか? まだ情報が足りない。奪還作戦は一ヶ月後くらいとまだ時間的余裕があるし、僕たちにはもう一つの手がかりもある。まずはそちらを確認するのが先だろうって話。だから、総合的には『保留』」
「もう一つの手がかり?」
「石板、だよ。水の妖精が言ってただろ、集めろって。一ヶ月あるんだ。集めてみたら、また何か新しいことが分かってくるかもしれないじゃないか」
なるほど、と愛姫子は得心した。同時に、やはり由々は筋道立てて物事を考えるのが得意だなと改めて感心する。
まだ時間があるのなら、まず石板の二つ目を探すことができる。探し当てることができたなら、また新たな知見も得られることだろう。
世界を救うということについて新しい何かが分かったのなら、そちらの道を模索すればイイのだ。
もし分からなかったとしたら。それは意識を向けただけで心が暗くなることではあったが──
(戦争に参加して氷炎女王を倒すという選択肢を選ぶのは、それからでも遅くないということね)
いずれにしろ、両方の可能性を残しておいて、現時点でより適切な方から試みていくという由々の方針は賢明であるように思われた。
「分かったわ。じゃあ、石板に関する情報を集めることが、まず私達の当面のやることってわけね」
「うん。まずは、宿屋と酒場を兼ねてるギルドの支部っていうところで情報収集からだね」
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