第二部「雪の剣士と七色魔導師」

第七章「初めての街で、雪属性の男と七属性の女」

 両腕に「黒い何か」を斬った感覚が残留している。物理的なものではない。対魔の剣士としての修行を積み重ねてきた由々よしよしからすると、それは「魔」に属するものであった。


(蜘蛛の魔獣には、もとから何かが埋め込まれていた?)


 魔物に関する考察を頭の中で展開していたところに、緊張をほぐすようなフワっとした声が響いてくる。


「お見事でありました。まるで、マーメイヤ様の一の従者、剣士・オボロが振るうがごとき斬撃」


 水の妖精ウェンディゴンは、宙に浮いたまま由々と愛姫子あきこに言葉を伝えてくる。


「マーメイヤって、人の名前だったのね」

「姫君、剣士さん、あなたたちはマーメイヤ様から『運命』を託されたのです。残りの、六つの石板を集めるのが、よろしいでしょう」

「石板を集めると、どうなるんだ?」

「マーメイヤ様が残した祈りが、かたちを現すでしょう。それは、『厄災』に対抗し得るものです」


 由々は狭間の城で聞いた、神を名乗った和の言動を思い出す。愛姫子が生きていけるようにするには、この世界を救う必要があると言っていた。


(この世界は『厄災』という危機に直面していて、救うには石板が必要、そういうことか?)


「まずは、ここから少し北にある、街へ行かれるのがよろしいでしょう」


 街があるのか。とするならば、人間の営みが存在している異世界であるらしい。

 そこまで話すと、伝えるべきことは伝えたというように、ウェンディゴンは体の水を微かに振動させた。


「それでは、僕は一度帰ります。大丈夫。水の魔法は、もうあなたの中に息づいているから」


 ウェンディゴンが愛姫子に言うと、淡い光を放ち始めた。


「帰るって、どこへ?」


 愛姫子が「人魚のマーメイド・天眼サファイア」の瞳でまなざしを向けると、ウェンディゴンは告げた。


「たぶん。空想の世界へ」


 やがて静かに自身が光となって、そのまま自然の光に溶け込むように、水の妖精は由々と愛姫子の前から姿を消した。


 ◇◇◇


 水の神殿から半日ほど北へ向かって歩くと、ウェンディゴンが言っていたとおり街が見えてきた。

 高い丘から俯瞰すると、平地に煉瓦れんがづくりの家々が立ち並び、人間たちの営みは視界の隅から隅まで続いている。かなり、大きな街である。

 歩みを進めると、由々達が歩いてきた森の方と街との境界あたりに関所があり、番人らしき人物が待機していた。由々と愛姫子がこの世界にきて、初めてみる人間である。


「お兄さん、お嬢さん、冒険者かい?」


 番人は、気さくに話しかけてきた。

 白銀の甲冑を身につけ、手には槍を持っている。

 この世界の人間に関する情報がない。まずは、あちらからはそのように見えるという風に振る舞っていた方が、波風は立たないだろう。


「はい。冒険してます」

「アスガル様の『召集』以来、マリージヤは君たちのような連中でいっぱいさ」


 番人の言葉の中に、ポツポツと新しい情報がある。ちょうど良い、できればこの世界に関する情報も引き出したかったところだ。

 その辺りは、愛姫子も心得ている。


「『召集』、興味がありまして。アスガル様は、何処いずこへ?」

「『闇のほこら』に遠征中で、今はマリージヤにはおられない。でも『召集』には、街の役所やギルドで登録できるよ。アスガル様が帰ってこられたら、いよいよ氷炎女王との決戦だともっぱらの噂さ」


 番人の述懐からキーワードを拾い上げて、大まかな状況を頭で整理しながら、無難な答えを返す。


「ありがとうございます。まずは、ギルドの方に行ってみようと思います」


 番人は、右腕の肘を折り曲げて胸のあたりまで上げた。この世界の敬礼のポーズなのだろう。

 番人は総じて友好的な態度で、関所はそのまま通ることができた。


 さて。ここは、そうして辿り着いたリルドブリケ島の南方に位置する街、「マリージヤ」である。

 番人とのやり取りから、まずはギルドを訪れてみることにした。「召集」というものに登録するのかはともかく、この世界の様々な情報を得ることができる場所だと推察されたからだ。

「冒険者求む」との看板が建てられた建物が街の中心にあったので、ギルドはすぐに見つけることができた。

 由々の世界の地方行政区の役所ほどの大きさの建物の中に入ると、受付らしき場所があった。素直にカウンターに近づいてみると、受付嬢から声をかけられた。


「冒険者カードはお持ちですか?」

「いえ、初めてです」


 話の流れから相手の意図を察しながら、ノリで話を進めていく。


「属性テストを受けられたことは?」

「ないですね。田舎から来たもので」

「では、あちらの『蝋燭ろうそく台』の方でテストを受けられてください。基本情報が整い次第、冒険者カードを発行いたします」


 案内された小さなテーブルには、真ん中に火が灯った蝋燭が立てられており、対面にローブをまとった老人が座っていた。

 老人から受けた簡単な説明をもとに由々なりに情報をまとめてみると、この世界の人間には、「属性」があるらしい。

 冒険者としての適正に重要な情報なので、新人の冒険者は自分の属性を把握するのが最初の段階となるようだ。

 属性は、専用の蝋燭を使って判別することができるのだという。

 まず、由々が目の前の蝋燭の火に両の手のひらをかざしてみる。

 炎に、変化はない。


「もっと、心を込めなされ」


 中々、難しい。


よしちゃん。炎に、心の波長を合わせる感じだよ」


 その言からすると、後方に控えている愛姫子には既にコツのようなものが掴めているらしい。

 波長。心の波、そのかたち、リズム……。


「由ちゃん、深呼吸。深呼吸」


 愛姫子の言葉に耳を傾けて、すう。はあ。すう。はあ……と深い呼吸を試みているうちに。


(あ)


 由々に、心が眼前の炎と一体化したような感覚がおとずれた。

 すると蝋燭の火はゆらめきながら形を変え、六角形を描いた。


「ふむ、『雪』ですな」


 由々の属性は、「雪」。


「主属性である『水』の属性の派生ですな。主流の属性ではありませんが、独特の美しさがある。ワシは好きですぞ」

「どんなことができるんでしょうか?」

「心が、澄んだ感じだとされていますな」


 老人が、中々に漠然としたことをいう。


「正直、『雪』の属性に特化した魔法というのを私は聞きません。ですが、かのマーメイヤ様の一の従者、剣士オボロも『雪』の属性であったとか。ありがたい属性ではあるでしょう」

「由ちゃん、次、私がやってみるのです」


 ぼんやりとした「雪」属性の解説に由々がどう解釈したものかと思考を巡らせていると、後方の愛姫子が申し出た。心持ち、ウキウキとしているような声色である。

 愛姫子は、何だか先ほどから蝋燭の火に心が惹かれているような印象を受ける。

 愛姫子と席を変わると、愛姫子は短く息を吸って、深く吐いた。

 愛姫子が両の瞳を開いて、まなざしを蝋燭の火に向ける。

 すると、手のひらをかざすまでもなく、蝋燭の火は複雑な紋様を描き、一定のリズムでカタチを変容させ始める。


「ほほうっ」


 老人が、驚いたように大きな声を上げた。

 次の瞬間である。

 蝋燭の火は大きくうねりを上げて、空中に浮かび上がった。

 巨大化した火炎は、やがて一定の姿へと収まっていく。

 大きな炎の翼を宿した、異形の獣のカタチである。


(これは、竜か?)


 周囲の注目を集めはじめている。滅多にみられない現象が起こっているらしい。

 老人が、高揚した声を上げる。


「七属性じゃ」


 愛姫子は椅子から立ち上がり、宙にゆらめく炎の竜と視線を交わしている。


「それは、どういう?」


 由々が尋ねると、老人が説明してくれる。


「お嬢さんは、火、水、風、土、雷、闇、光の七つの主属性全てに適性があるということじゃ。かのマーメイヤ様がこの七属性であったと伝えられるが。いやはや、生きてるうちにお目にかかれるとは思わなかった」


 愛姫子は腰に拳をあてて、胸を張っている。


「だって。由ちゃん」


 ちょっと得意そうである。

 何であれ、愛姫子が元気な様子は由々としては嬉しい。

 一方で、由々は「七」という数が気になってもいた。

 水の神殿で引き抜いた七色プリズム・の杖ロッドは七つの色の円で形成されている。これは、おそらく七つの属性の一つ一つに対応していると考えるべきだろう。

 それはそれとして。


(僕の。大城一刀流の奥義の数も七つだ)


 その数の符号が、前向きなことのようでもあり、同時に不気味にも感じられた。


(大城一刀流は、愛姫子を……)


 由々は静かに首を振って、ネガティブな思索を振り払った。思考が負の方向に引っ張られてはいけない。


「愛姫子はこの世界では姫君で、七色なわけだ。何だか、麗しい感じだね」


 そう、少しおどけて愛姫子に語りかけるのだった。

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