第二章「人魚の天眼(マーメイド・サファイア)と気になる短めのスカート」
◇◇◇
母が、優しく愛姫子に語りかけてくる。
「愛姫子、私はね。無償の愛を手に入れた人魚なのよ」
「なぁに。それ?」
──無償の愛を手に入れた時、人魚はどんな願い事でも一つだけ叶えることができるの。
「お母さんは、なんのお願い事をしたの?」
「フフフ。ヒ・ミ・ツ」
◇◇◇
【異世界・リルドブリケ島:3999年――愛姫子、17歳の時。】
愛姫子が目を覚ますと、愛する男が自分の顔を
男子に対してカワイイと形容しては失礼になるのだろうか。
長めの艶がある黒髪の右側を、年月を重ねた古木の幹のような茶系のヘアピンでとめている。ロングヘアーとまでは形容できないが、後ろ髪も首の半分くらいまで伸ばしている。パッとみた感じ、女性と見間違う者もいるような中性的な印象の美丈夫だ。
先ほどまでみていた夢の続きなのだろうか? と、自分の認識能力に自信が持てない。なんだか、全てが儚いものであるような感じ。
自分が由々に抱きかかえられているという状況も何だかおかしいし、加えて、今、愛姫子の瞳に映る由々は、現実の彼なら身につけていないような、不思議な服装をしているのだ。
古き学生服のようなピシッと一定の様式で統一された上下は、学舎のそれというよりは軍服という言葉を連想させる。全体は藤の花のような紫色がベースだが、ところどころに紅いラインが入っている。
次に目につくのは、腰のベルトに
奇妙に映るのは、ズボンの裾から足首をレッグウォーマーで覆った先にはいているのが、
雪駄も軍服も日本刀も、戦う人間としての装束だが、物々しさが前面に出るのを覆うように、肩からちょっとモコモコとしたボレロを羽織っている。紐の先が丸まった綿のようなふんわりとした球形で、印象としてはソフトだ。
彼の鍛え抜かれた体、心に灯した強い意志、そういった抜き身の本質を丁寧に編まれた衣服が温かく覆っている。全体としては、彼が強さと不可分のかたちで生来携えている柔らかい雰囲気が表現されている。
さて、愛する男の外見に、見惚れてばかりもいられない。
「
「あ、ああ、ゴメン」
意識を取り戻した矢先に突然尋ねられた問いに、先ほどは「無償の愛」などと答えてしまったな。アレは何だったのだろうか。
「何があったのか、聞かせてくれる? 私たち、何で森の中にいるの?」
由々は頷くと、抱き抱えていた愛姫子を地面に立たせた。
若草を靴で踏みしめる感触で、人間モードとなっている──つまり足がある自分を意識する。
由々が簡潔に、これまでのあらましを伝えてくれる。
にわかには信じ難い話も含まれていたが、そもそも自分自身が人魚という普通だったらあり得ない存在である。愛姫子は、普段から不思議な出来事をいちがいに否定したりはしない女である。
「それにしても、世界を一つ救わないと生きられないなんて、
愛姫子の言に対して、由々は何も言葉を返さなかった。
愛姫子は、さらに踏み込んで尋ねる。
「それで、由ちゃんは私のために世界を一つ救おうっていうの?」
「そういうことに、なるかな」
「それは、『なかよしの道』だから?」
『なかよしの道』とは、彼、大城由々が求道している「何か」である。剣術家として「剣の道」に習熟している由々であったが、剣術とはまた別に追い求めているものであるらしい。
この場合の「なかよし」は、単純な「人間関係が良好である」といった意味にとどまらない、何やら哲学的な意味合いを含んでいるのを愛姫子は長い付き合いで理解している。
「なかよしの道」が一体何なのか、愛姫子も未だによくは分かっていないが、由々が大事なものとして追求していることだけは知っているのだ。
「そ、そうだね。『なかよしの道』だね。あのまま愛姫子が死んじゃうなんて、全然『なかよし』じゃないから」
何だか、フワッとした印象の言である。由々は大地としっかりと繋がっているかのような確固たるオーラを放っている時もあれば、時に迷い、焦点が定まらないような曖昧さをみせたりもする男だ。長い年月一緒にいるので、今はどちらかというと後者なのが愛姫子には分かるが、同時により根本的なところにある彼の誠実さのようなものが少しも揺らいでいないのも、また分かる。
「分かった。やるわ。もともと、私が死ぬから何とかしなきゃって話なわけだし。それに世界を救うって、何かカッコイイし?」
「じゃあ、現状確認、イイかい?」
「はい、どうぞ」
「まず、山が見える」
遠くに向かって由々が視線を投げる方を、愛姫子も見やる。確かに、遠くに山が見える。大きな山だ。
「アレが、島の中心だ」
「そうなの?」
「うん。愛姫子は眠ってたけど、島の全体を上空から見た時、真ん中が山だったのは覚えてるんだ」
先ほど由々から伝えられた基本情報と照らし合わせると、このリルドブリケ島はあの山を中心とする日本の四国くらいの大きさの島ということになる。
「目視になるけど、標高1800メートルってところだね」
「
現実世界で二人が暮らしていた「
「そうだね、ただ」
ただ、蔵王と異なる点があるとしたら。
「山の中腹あたりが、光の輪で囲まれている」
「うへぇ。異世界だねぇ」
光輪である。現実世界のフラフープのようと形容できるだろうか。宙に浮いた大きな一輪の円形の光が、山を守るように取り巻いているのだ。
「光が何なのかは、分からない。続いて異世界っぽいもの、もう一つ」
山に目を向けたなら、当然目に入ってくるソレについて由々が言及する。
「太陽が二つある」
「ファンタジーだねぇ」
山の頂よりもさらに天に位置するところに、白と黒の対になる太陽が光り輝いている。正確には、光を放っているのは白い太陽の方なのだろう。黒い太陽の方は、もし黒い光を放つことがあったとしたら世界は暗黒に染まる……そんな不安を抱かせるように、今は静かに白い太陽に向かい合っている。
「こちらも、現状不明としか言いようがない。今のところ、光が僕たちにとって害があるわけではなさそうだけど」
「ああ。紫外線というか。光自体が私たちに合わない可能性も考えてるのね」
現実世界でも、日光に当たると体に不調をきたすという人はいる。由々は基本的に繊細な人で、細やかにもの・人を観察して気を回す人間であった。
「そのうち分かってくることもあるだろう。今は、光の輪と太陽についてはいったん置いておこう」
由々が山の方を見やって最初に観察したことに関する話題について一区切りさせて、次のトピックに移る。
「一方で、『門』のようなものが見える」
確かに、言われてみて気づいた。森の現在地点から数キロほど歩いたあたりから丘になっていて、丘の上には何らかの人口の建造物が立っているのだ。
「何か、見える?」
由々の発言は、愛姫子の視力に期待をしてのものである。
愛姫子の左目は「
山は流石に遠すぎて光輪の詳細までは見えなかったが、「門」が立ってるあたりは視力で捉えられそうなのだ。
「うーん。物語の中に出てくるような、神殿やお城に通じてるような『門』としか」
視力はあっても、分析力はなくてごめんなさい。
「そうか。詳細は行ってみないと分からないかな」
そこで、はたと気づく。
「あれ、由ちゃん。私、『マーメイド・サファイア』、光ってる?」
「ああ、光ってるね」
「コンタクト、無くなっちゃってる」
現実世界では、普段は目立たないように専用のコンタクトレンズをつけて光と色を抑えていたのだ。
「イイんじゃないか。異世界だし。まだ人がいるか分からないけど、目くらい光ってたってきっと誰も気にしないよ」
「そうは言っても、あんまり光ってると私も落ち着かないんだよね」
深呼吸して、体全体を整える。
吸って、吐いて。
(落ち着け、私〜)
よし。まだ淡く光っているが、「マーメイド・サファイア」はそんなに目立たない程度の微光には落ち着いてくれた。
「なんだか、私、体調もイイような?」
「よかったじゃないか」
人魚だから? 空想世界にいる方が、力が出たりするのだろうか。
「あの神様を名乗った
「何も、手がかりがない状態だしね。世界を救うって、何か漠然としてるし」
「そう。まずはこの世界にどんな危機が迫っているのかを特定して、できるならその危機を取り除く方法を見つけるって順番だと思う」
「おおう。相変わらず。物事を整理して考えるの、得意だね」
由々には、なにかと理論的に考えて、その道を追求していく性質がある。彼がいう「なかよしの道」にしろ「剣の道」にしろ、どこか合理的に組み立てていく志向性を持った男なのだ。
一方で愛姫子は、自分で言うのもなんなのだが。
(どうせ私は、フワっとした女ですよ)
「愛姫子? いずれにせよ、情報収集からだ」
「はーい。『門』、行ってみよう」
それにしても、いざ歩き始めようと思うと気になったりする。神様になったという和の趣味なのだろうか。足がスースーする。
(現実世界では、長年はいてなかったような短さのスカートだぞ。大丈夫か、私?)
丘へ向かって、森の中を歩いていこうという時だった。
「愛姫子」
「うん?」
先行して歩を踏み出した由々が、振り返って、愛姫子に手をさし伸ばしてきた。
「これからどんなことがあっても、僕と一緒にいてくれる?」
由々としては珍しい、何か、怯えを含んだような声色である。
(そんなことを言うなんて。やっぱり、異世界なんかに来てしまって、不安なのかな……)
愛姫子の答えは決まってる。
「もちろんだよ」
愛姫子はギュっと、力強く由々の手を握った。
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