第11話

 ――ブラックウッド村の一件から一ヶ月後。


 屋敷に戻って王女生活に復帰したエレインは、私室のソファーに腰掛けて、上質な紙に記された報告書の束に目を通していた。


「失礼します、姫様。おや……」


 メイド装束のアビゲイルが私室に入り、そしてエレインの手元の報告書に目を留める。


「それは……マルティナの報告書ですか?」

「冒険者ギルドと共同の火竜討伐作戦は無事に完了しました、だってさ。マルティナって手紙だと物凄くお硬い口調になるんだよね」

「報告書だから当然でしょう。しかし、作戦の成功は素直に喜ばしいですね」


 一ヶ月前、ゼオの飛竜は熾烈な空中戦の末、事件の犯人である火竜を見事に撃退してみせた。


 この知らせがブラックウッド村に届くや否や、ゼオを犯人扱いしていた村人達は己の過ちを認めざるを得なくなり、そうでなかった村人達はゼオと飛竜をたちまち英雄扱いするようになった。


 人によっては酷い掌返しと感じるかもしれない。


 実際、ジーナは周囲の態度が一変したことに対し、不満げに頬を膨らませていた。


 しかし少なくとも、ゼオ本人は相棒が受け入れられたことを喜んでいたし、エレインもゼオの気持ちを尊重するべきだと考えている。


 だが、野生動物同士の争いの多くがそうであるように、飛竜は敵の火竜を殺害するには至らず、縄張りの森から追い払うに留まっていた。


 これは致し方ないことだ。


 縄張り争いは相手を追い払えば済む話で、無理に追撃して自分も重傷を負わされてしまったら本末転倒なのだから、動物の本能として当然の引き際だと言えるだろう。


 そこで、エレインは問題の根本的な解決を図るべく、父親に火竜の討伐を進言した。


 この成果が最高の報告書となって帰ってきたのだ。


「もう一通ありますね。そちらは?」

「教会のアン先生からの手紙。ジーナとゼオの近況報告も書いてあるよ。二人とも凄く仲良くしてるってさ。飛竜も村の近くに連れてこれるようになって、村の皆からも頼りにされてるらしいよ」

「それは良かった。全てが丸く収まったのは、彼女が勇気を出して姫様の元へ駆け込んだからこそ。報われなければ嘘というものでしょう」

「うん、私もそう思うよ。ところで、アビゲイル。ずっと気になってたんだけど……さっきから何してるの?」


 エレインは冷や汗を掻きながら作り笑顔を浮かべた。


 先程から、アビゲイルは部屋の中をきょろきょろと見渡して、物陰や家具の隙間をしきりに覗き込んでいる。


 そして、僅かに動かされた形跡のあるタンスの裏から、折り畳んで紐で縛られた縄梯子はしごを引っ張り出した。


「……やっぱり。次の脱走の準備ですか」

「あははー……おっと! 用事を思い出した! それじゃ!」

「姫様っ!」


 わざとらしく誤魔化して部屋を飛び出すエレイン。


 アビゲイルは本人に見えないように微笑んで、しかし遅れることなく後を追いかける。


 病に奪われた日々を取り戻そうとするかのように賑やかで、溺れそうなくらいの知識の海を笑顔で泳ぎ、時には他の誰にも手に負えない事件を解決する。


 これこそがエレイン・サンクレストの日常風景。華麗なる事件簿の一ページ。

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王女殿下の博物学的事件簿 @Hoshikawa_Ginga

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