第10話

 ペンダントに刻まれた王家の紋章。

 王族以外は決して名乗ることの許されないサンクレストの名。


 村人達は近衛兵の従者だとばかり思っていた少女の正体を知り、すぐさまその場に平伏した。


「お……王女様!?」

「さ、逆らうつもりはなかったんです!」

「どうかお許しください!」


 エレインは小さく安堵の息を吐いた。


 これで村人達が暴走することはないだろう。


 後は事件の真相を皆の前で解き明かすだけだ。


「ゼオ君も、そのままお話を聞いてくれるかな」

「いいですよ。それにしても、よくここが分かりましたね」


 村人達とは対照的に、特に動揺する様子もなく、年齢不相応に落ち着いた態度を崩さなかった。


「候補は十ヶ所くらいあったんだよ。君がドラゴンを匿っているとしたら、その隠れ家は最低でも三つの条件を満たしている必要がある。それに当てはまる場所を全部回ろうと思ったんだけど、運良く一発で見つかっちゃった」


 エレインは一本ずつ指を立てながら、その条件を列挙した。


「一つ目は、君が日帰りで往復できる距離にあること。お世話をしにいくたびに一日も二日も掛けてたら、どう考えても怪しまれるからね。二つ目は、村人が普段立ち寄らない場所であること。これは言うまでもないかな」

「三つ目は、飛び立つ瞬間を見られにくいこと。飛竜は遠くからでも目立ちますから」

「だよね。その点、この斜面は村から見て丘の反対側に位置しているから、丘の陰に隠れて誰にも見られないで済む。そういう場所を幾つかリストアップして、虱潰しで探そうとしたってわけ」


 どれだけ広大な森であっても、捜し物をするときに隅々まで駆けずり回る必要はない。


 事前に条件を列挙して適切に分析すれば、ある程度は捜索範囲が絞り込めるものだ。


「し、しかし王女様。このドラゴンが無実だというのは……」


 村人の一人がおずおずと問いかける。


 エレインは微笑みながら村人達に向き直った。


「思い出してみてください。家畜の死体に残された爪痕と、現場に残された足跡を。怪物は爪を立てて家畜を鷲掴みにして、五本爪の足で地面を踏みしめていたはずです。それじゃあ、ゼオ君の相棒はどんな姿をしていると思います?」


 まるで授業をする教師のような口振りで語りながら、エレインはゼオの相棒の飛竜を手で指し示した。


 ――物を掴める前足は存在せず。


 ――足の指は前に三本後ろに一本。


 事件現場に残されていた痕跡と、目の前のドラゴンの身体的特徴は、誰がどう見ても明らかに食い違っていた。


「あ……あああっ!? ち、違う! こいつじゃない!」

「多分、この子は村の家畜なんかじゃなくて、森に生息する草食性の魔獣を食べて育ったんだと思いますよ。例えばほら、足元につる細工みたいな鹿の角が何本も。あれはカズラジカの角です」

「ま、魔獣だって? こんな森に魔獣が?」

「魔獣は魔力を栄養分に変換できて、なおかつ魔獣の肉は魔力を豊富に含んでいます。カズラジカ一頭だけでも、ドラゴンがしばらく生きていくだけなら十分でしょうね」


 ドラゴンほどの巨体を誇る肉食動物が、普通の肉だけを食べて体を維持しようと思えば、周囲一体の動物を根絶させる勢いで捕食を続ける必要がある。


 しかし、他の魔獣を獲物とするなら話は別だ。


 普通の生き物にとってはただの肉に過ぎない魔獣の肉も、肉食性の魔獣にとっては何よりも優れた栄養源となるため、大量の獲物を狩る必要がなくなるのだ。


「ですが王女様! 村を脅かす怪物の正体はドラゴンだと! 他にもドラゴンがいるのだとするなら、それもゼオが飼っていると考えるべきでしょう!」

「それはあり得ません」


 エレインは即座に断言した。


「竜使いの一族といえど、無制限にドラゴンを操れるわけではありません。生まれつき適正のある属性のドラゴンしか操れず、その適性も父親と同じものになると決まっています。後天的に変化することもなければ、適正を増やすこともできないんです」

「……そ、それでは、ゼオの属性は……」

「名前の一文字目で分かります。竜使いの男性の名前の頭文字は四種類しか存在せず、父親と同じものが用いられます。これが属性を示しているんです。ゼオZ君の場合は風属性で、火を吹くドラゴンは操れません。そうだよね、ゼオ君」

「なんで知ってるんですか。ちょっと怖くなってきました」


 集会場で証拠の資料を閲覧した時点で、エレインはゼオが事件に関わっていないことを察していた。


 だからこそ、取り返しがつかなくなる前に事件を解決しようと考え、森の奥まで大急ぎで駆けつけたのだ。


「以上を根拠とし、第三王女エレイン・サンクレストの名において宣言します! ブラックウッドの怪物事件の元凶は、竜使いゼオとその竜に非ず! ……これでいい?」

「は、はい!」


 声を揃えて賛同する村人達。


 アビゲイルやマルティナが異を唱えるはずもなく、二人ともきょとんとしたジーナに微笑みかけた。


「……ほ、本当ですか!? やったぁ! やったよ、ゼオ!」

「わわっ! ……危ないって、もう……」


 ジーナは飛竜の体をよじ登り、思いっきりゼオに抱きついた。


 ゼオも困ったような顔をしながら、滲み出る嬉しさを隠しきれていない。


 ブラックウッドの怪物事件とゼオの関係は否定され、ゼオが家畜殺しの罪を負わされることはなくなった。


 これで全ては丸く収まった――わけではなく。


 まだ根本的な問題がそのまま残されている。


 むしろブラックウッド村にとっては、問題が振り出しに戻っただけとすら言えるだろう。


「で、ですが、王女様。それなら、村を脅かす怪物は一体……」

「うーん、ゼオ君とは関係ない野生のドラゴンとしか」


 そのとき、エレイン達の頭上を巨大な影が過った。


 誰もが即座にその正体を悟る。


 ドラゴン――背中に一対の翼を生やし、五本爪の前足と後足を持ち、口の端から炎の吐息を漏らす竜。


 想像されていた怪物の正体をそのまま形にしたような姿の怪物が、丘の上空をゆっくりと旋回している。


「あ……あああ……! ドラゴンが、もう一匹……!」


 怯え竦む村人達。


 興奮がすっかり収まっていたせいか、ゼオの飛竜に挑もうとしたときの蛮勇は鳴りを潜め、上空の火竜の存在に驚き戸惑うことしかできていない。


「お嬢様! 早く避難を!」

「さっさと逃げるぞ! あたし一人じゃ足止めもできねぇ!」


 アビゲイルとマルティナも、王女であるエレインの安全を確保することだけを考えて、ドラゴンと事を構えることなど微塵も頭にない。


 だが、この場でただ一人だけ――否、一体だけは別だった。


 飛竜が激しく咆哮する。


 ゼオは飛竜の考えを即座に理解したのか、ジーナを抱き寄せたまま飛竜の上から飛び降りた。


 そして、飛竜は突風の奔流を纏い、高く飛び立った。


 村人達が撒き散らされる旋風を浴びて倒れ伏す中、エレインは両足で地面に踏み留まり、空高く飛翔する飛竜を目で追った。


「……そうか! やっと分かった!」

「姫様!?」

「事件の発生がせいぜい月に一度だった理由! あのドラゴンが一度に家畜を食い荒らさなかった理由だよ!」


 飛竜は上空を旋回する火竜に肉薄するや否や、鋭い爪で火竜の体表を斬り裂いた。


 反撃として放たれた火炎も風の壁で防ぎ、熾烈な空中戦を繰り広げていく。


「この森はゼオ君の相棒の縄張りなんだ! だから他のドラゴンは、ブラックウッド村を襲いたくても、あの子が村の近くを離れた隙を突くしかなかったんだ!」

「それじゃあ、まさか……!」


 驚きに目を丸くするアビゲイル。


 エレインは輝かんばかりの満面の笑顔を浮かべ、最後に残された真相を口にした。


「あの子は村を守っていたんだよ! 大事な村を! ゼオともだちの居場所を!」

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