第9話
集会場がゼオの逃走に揺れていたその頃、ジーナは無我夢中で森の中を走っていた。
どれだけ呼吸が乱れようと、どれだけ汗が吹き出ようと、脇目も振らずに道なき道を駆けていく。
目的はただ一つ。教会から姿を消したゼオを探すため。
ジーナはアンに嘘を吐いていた。
ゼオを見つけたのは村外れの道端ではなく、一人きりだったというのも真っ赤な嘘。
本当の出会いは森の奥。
一年前、薬草探しの途中で帰り道を見失ったジーナの前に、小さなドラゴンを連れたゼオが偶然にも現れたのだ。
心細さに泣きじゃくっていたジーナを、ゼオは今と変わらない落ち着いた声で慰めて、相棒のドラゴンを使ってジーナを村まで帰してくれた。
そのドラゴンはまだ若く、子供一人を掴んで飛ぶのも精一杯だったが、森の木々よりも高く飛んで村を探すには十分だった。
ジーナはこうしてゼオとドラゴンに助けられ、礼としてゼオが教会で保護してもらえるように口裏を合わせることにしたのである。
「はぁ、はぁ……ゼ、ゼオ……!」
小高い丘を駆け上り、木の生えていない拓けた場所に飛び出す。
そこでジーナを待っていたのは、赤目白髪の竜使いの少年と、立派に成長した一頭の飛竜だった。
小さく畳まれた翼は両腕が変化したもので、二本の脚はまるで猛禽のよう。
身体は一年前と比べ物にならないほどに大きく、瞳だけで少年の顔ほどの大きさがある。
「ジーナ?」
「……ゼオ、もしかして……出ていっちゃうつもり?」
「うん。名残惜しいけど、これ以上迷惑は掛けられないから」
ゼオは分厚い鱗に覆われた飛竜の頬を優しく撫でた。
「ありがとう。ジーナには本当に感謝してるよ。故郷を追われた僕に居場所をくれて」
「そんなの……やっぱりおかしいよ。悪いことをしたのはゼオのお父さんで、ゼオは一緒に追い出されただけなんでしょ? それなのに、生まれ故郷だけじゃなくて、この村からも……そんなのって、ないよ」
「仕方がないよ。僕だって、君やアン先生と離れたくはないけど、村の大人達は僕とゼファーを疑ってるんだ。もうここには……」
突然、飛竜が長い首を上げて警戒態勢を取った。
「ゼファー?」
その直後、周囲の草むらがガサガサと揺れ、大勢の人間が姿を現した。
おおよその数は十人と少し。その多くは、武器の代わりに農具を携えた、ブラックウッドの村人であった。
急いで飛竜の背に飛び乗るゼオ。その邪魔をさせまいと両腕を広げるジーナ。
しかし、そこによく通る少女の声が響き渡る。
「わーっ! 待った待った! まだ飛んでいかないで!」
村では聞き慣れない声。プラチナブロンドの美しい髪。
突如として現れた人間達の先頭に立っていたのは、他でもないエレインであった。
「竜使いのゼオ君! それとゼオ君の相棒! これから私は、君達の無実を証明する! ……どこかに飛んでいくのは、それからでも遅くないんじゃない?」
そう言って、エレインは笑った。屈託のない無邪気な笑顔だった。
◇ ◇ ◇
間一髪で間に合った。エレインは内心で胸を撫で下ろした。
もしもエレインが来なかったとしたら、ゼオと相棒のドラゴンは何の支障もなくブラックウッドから逃げ果せていたことだろう。
だが、それではいけない。
村人達はゼオが犯人だと信じ込んでいるのだから、本人が姿を晦ましてしまったら自白も同然だと受け取られてしまう。
家畜の被害はゼオが姿を消しても終わらないだろうが、村人達は『ゼオが姿を隠したままドラゴンをけしかけ、村を脅かしている』と解釈するはずだ。
そして行き場を失ったら村人達の憤怒と憎悪は、ゼオを保護していた人達――即ちジーナとアンに向けられてしまうに違いない。
仮にそうなってしまったら、もはや無実を証明する手段はない。
全てを丸く納めたいと望むなら、今この瞬間が最後のチャンスなのだ。
「無実だって!? あの化け物がやったに決まってるだろ!」
殺気立った村人の一人が、拳大の石を飛竜の上のゼオめがけて投げつける。
咆哮する飛竜。すると飛竜の眼前に風圧の壁が発生し、投石を簡単に弾き返した。
「ば、化け物め!」
「やっちまえ!」
村人達の間にパニックが巻き起こり、武器代わりの農具を振り上げて殺到しようとする。
「アビゲイル! マルティナ!」
エレインが叫んだ次の瞬間、アビゲイルが目にも留まらぬ速さで村人達の半分から武器を取り上げ、マルティナがもう半分を瞬く間に打ち倒す。
「不敬です。姫様がお話なさっている最中でしょう」
「つーか、こんな
「ひ、姫様……? あんたら、一体……」
叩きのめされて出鼻を挫かれた村人達が、声を震わせて起き上がる。
エレインは上着の襟元から、服の下に隠されていたペンダントを引っ張り出して、それに刻まれていた王家の紋章を村人達に見せつけた。
「私は第三王女エレイン・サンクレスト。国王ペラムの名代として参りました。ブラックウッドの怪物事件、この私がサンクレストの名において預かります」
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