第8話
教会を後にしたエレインは、宣言通りブラックウッド村の集会場に赴いた。
同行者はアビゲイルとマルティナの二人。
ジーナも一緒に行きたがっていたが、アンに引き止められてゼオ達と留守番させられている。
村の集会場の周囲には、殺気立った若者が集まっていた。
集会場を包囲しているというわけではなく、中にいる誰かからの指示を今か今かと待ちかねている、といった雰囲気だ。
「げっ! 近衛兵の……」
「クソっ、さっさと通れよ」
若者達はマルティナに気がつくなり、渋々ながらに道を開けた。
恐らくマルティナが近衛兵であるという情報が広まって、歯向かうべきではないと認識されているのだろう。
しかしどうやら、エレインの正体までは知られていないらしく、あくまで近衛兵の従者としか見られていないようだった。
「姫様、いかがします? 素性を明かすべきでしょうか」
「今はまだいいんじゃないかな。マルティナの肩書だけでも効果抜群みたいだし」
エレインとアビゲイルは後ろでこっそり囁き合いながら、マルティナに付き従うフリをして集会場に踏み込んだ。
会議用の大机を囲む、村の重役と思しき中高年の男達。
彼らは明らかに異様な雰囲気を漂わせており、まるで戦争でも始める話し合いでもしているかのような緊迫感すら感じられた。
「王城近衛兵のマルティナだ。村を脅かす怪物とやらについて調査に来た。村長はいるか?」
「お話は伺っております。ですが、少々遅かったかもしれませんな」
村長らしき老人が一歩前に進み出る。
「先日、村外れの家畜小屋が怪物の襲撃を受けました。これまでは放牧中の家畜ばかりが襲われていましたが、いよいよ大胆になってきたのでしょうな。しかし、ようやく確信に至りました。怪物の正体は……ドラゴンで間違いありません」
「何だって?」
「家畜小屋の屋根は焼き払われ、地面にはこの世のものとは思えぬ巨大な足跡。更に、騒動を聞きつけた村の者が、夜空に飛び去る巨体を目撃しております。これはもうドラゴンの仕業と考えるより他にありますまい」
マルティナはエレインに視線を向けて、無言で意見を求めた。
小さく頷くエレイン。
それが正しいかどうかはともかく、ドラゴンの仕業なのではないかと考えること自体は、決しておかしなことではない。
問題は、村人達がそれを受けて、どんな行動に打って出るつもりなのかだ。
「もはや怪物の調査は必要ありません。犯人は竜使いのゼオで間違いないでしょう」
村長を囲む村人達が『そうだそうだ!』『あの恩知らずめ!』と口々に喚き立てる。
もはや殺意すら感じる異様な雰囲気に、エレインも戸惑いを隠しきれなかった。
「つい先程、我々はゼオの追放を決定しました。命を取らないだけ慈悲があると……」
「待ってください。我々としては根拠もなく追認することはできません。具体的な証拠を見せていただきたい」
アビゲイルの当然の要求を、村長は二つ返事で快諾した。
「……いいでしょう。近衛兵の方にもご納得いただければ、それこそ大手を振って追放できるというものです」
村長の指示を受けて、村人が集会場の奥から紙の束を持ってくる。
紙質は決していいものではなく、赤茶けてシワだらけになっていたが、内容を読み取る分には支障がない程度だ。
「以前雇った冒険者から、次に被害が発生したら現場を絵に残しておくように、と助言を受けておりましてな。現場に残された足跡、食い荒らされた死骸、焼けた家畜小屋の屋根、どれも可能な限り記録に残してあります」
「なるほど、こいつは……どう思います、お嬢」
マルティナは自分で読み解くのを早々に諦め、エレインに紙束を渡した。
絵の技量は高くない。素人が描いたのだから当然だ。しかし重要そうな情報はきちんと描き込まれている。
まずは足跡。一目で分かる五本の指があり、鋭い爪の痕跡が前に向かって伸びている。
足跡の形状は、動物の種類を特定する有力な手掛かりだ。
次に家畜の死骸。極めて大雑把な絵ではあったが、まるで杭か何かを突き刺されたかのような大穴が、全部で五つハッキリと描かれている。
これは恐らく爪痕に違いない。牛を鷲掴みにして爪を突き立て、体の半分を食いちぎったのだ。
そして半焼した家畜小屋。焼けているのは屋根の周辺だけで、下の方には火が及んでいない。
これもドラゴンが屋根に直接ブレスを浴びせ、焼けて脆くなったところを突き破ったと考えれば説明がつく。
「確認しておきたいんですけど、この足跡や爪痕は、以前の襲撃で目撃されたものと同じ形をしているんですか?」
「もちろんそうです。残念ながら絵に残してはおりませんが」
「ふぅむ……前後共に五本爪……獲物に爪を突き立てる狩猟方法……これだけなら他にもありうるけど、空を飛べて炎まで扱えるとなると……」
エレインは眉根を寄せて資料を睨み、そして博物学的な観点から結論を出した。
「……うん。この記録が確かなら、少なくとも今回の事件は、ドラゴンの仕業で間違いなさそう」
「では、これで決まりですな。ジャック! ピーター! ゼオを連れて来い!」
「待って! 検証はまだ――」
そのときだった。
若い村人が息を切らして集会場に駆け込んできて、叫ぶように緊急事態を報告する。
「村長! 大変だ! ゼオがいなくなった! 教会はちゃんと見張ってたのに、いつの間にか逃げ出しやがった!」
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