第7話

 それからしばらくして、エレインはパニックが収まったブラックウッド村の巫女から改めて挨拶を受けた。


「お、お初にお目にかかります、エレイン殿下……私、この教会をお預かりする、アンと申します。その、まさか本当に、ジーナの言葉に耳を傾けていただけるとは……」

「窮状を訴える声に耳を傾けない理由なんかありません。それより、ジーナさんからおおよその事情は聞いています。正体不明の怪物に脅かされているとか」


 エレインは横目で教会の窓の外を見やった。


 ジーナは教会の狭い庭先で、無事を喜ぶ年下の子供達に囲まれて、何やら質問攻めになっているようだった。


 ゼオもそれを遠巻きに眺めているが、他の子供と違って笑顔を浮かべることもなく、ただ静かに佇んでいるだけだ。


「はい……村の人達もすっかり臆病になってしまって……あれが原因に違いないとか、これが怪物を呼び寄せているんだとか、根拠のない風聞に惑わされているんです。この教会で預かっている身寄りのない子供まで、疑心暗鬼の標的にされることもあるくらいで……」

「身寄りのない子供というと、外の子達ですね」

「そうです。村の人達の中には、あの子達の中に怪物を買っている奴がいる、なんて根も葉もない噂を広める人がいて……ジーナは王女殿下にお願いすれば、そんな嘘を否定して真相を明らかにしてくださると考えて、一人で村を飛び出したようなんです」


 エレインは物静かにアンの言葉を聞いていた。


 アンが語る経緯は、エレインにとって完全に予想通りの内容であり、いわば答え合わせのようなものだ。


 最初に出会ったときのジーナの様子からして、あの直談判がジーナの独断であることは明らかだった。


 もしも村全体で話し合って決めたことだったのなら、まだ年若いジーナが単独でメッセンジャーに選ばれるなどあり得ない。


「ジーナさんは友達を……ゼオ君を守るため行動に出たんですね」


 エレインは柔らかく微笑みながら、確信を持って言葉を続けた。


「村人はゼオ君を疑っている。彼が正体不明の怪物を、いえ、と考えて。全員がそうではないにせよ、ジーナさんがゼオ君の疑いを晴らしたいと願っても、正攻法では覆せない程度には強く疑われているんでしょうね。だから王女わたしへの直談判という横紙破りに打って出た、と」

「……お察しの通りです」

「ちょ、ちょっと待った!」


 後ろで控えていたマルティナが慌てて口を挟む。


「ドラゴンが目撃されたってのは聞いていますよ? だけど孤児がドラゴンを匿ってるとか、そりゃいくら何でも飛躍しすぎでしょう!」

「強引じゃないよ。だって、あの子は『竜使い』の一族なんだから。それが真相だと決めつけるのは安直だけど、疑いを抱くこと自体は決しておかしな発想じゃないの」

「りゅう、つかい?」


 奇妙なイントネーションでオウム返しをするマルティナ。


 エレインは小さく頷き、その一般的ではない言葉について説明を加えた。


「東の大山脈に住む、秘伝の魔法でドラゴンの一種を従える一族だよ。外見や名前に特徴があって、ゼオ君もそれに該当してるの」

「特徴?」

「外見的には白い髪と赤い瞳と褐色の肌。名前は二音節で苗字は持たず、男性の名前の第一音節は『ガ行G』『ザ行Z』『ダ行D』『バ行B』のいずれかから始まる。この名前には四大属性との密接な繋がりが……」


 早口でまくし立てるエレインに、マルティナは困惑気味に頬を引きつらせた。


「く、詳しいですね……さすがは博物王女。でも言っちゃ悪いけど、こんな田舎の連中がそんなこと知ってるとは……」

「前に冒険者を雇ったって、ジーナも言ってたでしょ。多分、その冒険者が竜使いのことを知っていたんだと思う」


 巨大な怪物に食われたとしか思えない家畜の死体。


 目撃された空を飛ぶドラゴンの姿。


 竜使いの一族の少年。


 これだけの条件が揃った以上、誰も疑いを抱かない方が不自然とすら言えるだろう。


「ゼオを保護したのは去年のことでした」


 アンは沈痛な面持ちで、ぽつりぽつりと事情を語り始めた。


「あの子を見つけたのはジーナでした。村外れの道端に倒れていたんだそうです。たった一人で、着の身着のまま……もちろん、ドラゴンなんか連れていなかったはずです」

「行き倒れた経緯は聞いていますか?」


 エレインの問いに、アンは小さく首を横に振った。


「聞こうと思ったこともありません。辛いことを思い出させるわけにはいきませんから。いつか自発的に教えてくれたら……そう思っていました。でも、ゼオは優しい子です! あの子が犯人だとは思えません!」

「ゼオ君が犯人だという証拠はないんでしょう? そもそも、竜使いの一族の血を引いているからといって、必ずしもゼオ君が竜使いだとは限りませんよ」


 エレインはアンの方に手を置き、優しく微笑みかけた。


「だって、ドラゴンを操るのは『秘伝の魔法』の力なんですから。誰かから教わらないと使えないんです。魔法を教わる前に身寄りがなくなった可能性もありますし、決めつけるのは性急過ぎますね」


 これは慰めなどではない。論理的に考えた末の推論だ。


 状況証拠だけで結論を出すのは、博物学者の末席としてのエレインの信念に反している。


「殿下……ありがとうございます……!」

「何よりもまずは調査です! 調べてみないことには始まりません!」

「……ですが、調査と言っても、どうしたら……」

「うーん、そうですね。さしあたっては」


 エレインは少しだけ考え込んでから、いい笑顔でこう言い切った。


「乗り込みましょうか! 村長のところに!」

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